最悪を想定して生きる

そごうの地下で会う約束をしていた。晩御飯を買って帰る、それだけの約束だった。私の仕事の定時が18時半だったから、それくらいの時間に待っていてもらうように伝えていた。その日はその約束のことだけを考えていたので、1日まともに仕事をした心地がしなかった。

定時になった瞬間に会社を飛び出た。早く会いたいのは間違いなかったが、同じくらいの熱量で、会うことが怖くもあった。私は最良と最悪のケースの両方を想定していたから、心の準備はできていた。出来ていたはずなのに、いざどんな顔をして会いにいけばいいか分からなかった。早く行きたい気持ちと行きたくない気持ちがせめぎ合い、どうすればいいのか分からず、そごうに着いてからはしばらくエスカレーター横の館内の地図をただ見つめていた。今からどこに行かなければいけないかは分かっていたのに。

母親はデパートの地下が大好きで、いつも食べきれないのを分かっていながら、つい買い込んでしまう。母親は私と違って心が揺らいだり好き嫌いが急に変わることのない人だ。だいたいどの店が好きかはもう分かっていたので、母の好物がある生菓子屋を覗くとやはり母がいた。いつも通りの母に見えた。

母親の卵巣に腫瘍が見つかり、その日は精密検査の結果が出た日だった。検査結果をいち早くメールで聞くことだってできたが、もし悪性だった場合どんな顔をしてそごうまで行けばいいか分からなかったから、聞かないままにしていた。

最悪を想定して生きる。いつからかその考え方が当たり前になっていた。私は生菓子屋の列に並ぶ母親の顔を見るそのときまで、腫瘍が悪性だったときのこれからの行動と人生を考えていた。母親が訴える現在の症状と病気の状態をネットで調べて、今からあとどれくらい健康な状態で生きられて、その間どれくらいのことをしてあげられるか。とりあえず自分は仕事を辞めて、行きたいと言っていた場所へ出来るだけたくさん連れて行ってあげたい、入院費用、手術費用、つい最近失った父親の、そのままにしていた諸々の手続きや、家の会社をどのようにしていくか…

自分が考えうる最悪を想像できれば、絶望への下り道は緩やかになる。年々その精度は高まり、だいたいのことが最悪の場合その通りになったり、それほどでもなかったらそれはそれでいいのだ。最悪の状態でなくてよかったと安心するだけでよい。

いつからか人間関係でもそんな考え方をするようになっていた。子供の頃から私は他の人と感覚がずれていて、幸せや笑顔や楽しいことが全てみたいな、あたたかな常識みたいなものに苦しんできた。人の気持ちが分からず、なぜか失言や暴言を繰り返してしまい、なぜか人を傷つけてしまう。そんな私が覚えたのは、沈黙することだった。口を開きさえしなければ、私の暴悪な刃は誰かを傷つけることはない。学生時代は口数の少ない不気味なやつだと思われていただろう。あいつはおかしいと言われるのはもう聞き飽きた。

こうして、私は嫌われることや期待されないことが当たり前と思って生きてきた。むしろその反骨心を生きる活力にしていたくらいだ。好かれているということがあるわけがないから、嫌われていたり避けられたりしたときに、何にも感じなくてよくなる。

ただ、私の人生はそれほど最悪に転がることは少ないということも感じるようになった。母親の腫瘍も、結局は良性だったし、そこまで運の悪い人生でもない気がしてきた。

父が急逝し、その二ヶ月後に母に悪性の腫瘍が見つかるなんて、そんな不幸が連続するはずがない。はずがないと思わないといけないのだ。生菓子屋の前で母親から結果を聞いたあと、「あんたはいつも悪い方へ考えすぎや」と笑いながら母がつぶやいていた。そうだ。丈夫でたくましい母がこんなところで人生を終えるはずがないのだ。明日も母が生きていてくれる喜びを感じた途端、父を亡くしてから止まっていた自分の時間が再び動き出した気がした。

人間関係においても、嫌われることもそんなに多くないことに気がついた。嫌われていると思っていた後輩を勇気を振り絞って飲みに誘うと、意外にも私を良く見ていて、どうやら嫌われていたわけではなかったようだった。その後輩は私より遥かに大人な考え方をしていて、人を嫌うとか、そういう次元で人と関わるような子でなかった。勝手に嫌われていると思い込んで、ぎくしゃくした仕事の雰囲気を作り出していたのは私だったのだ。

私はどれだけ「自らが」黒く塗り潰した世界で私だけが呪われたかのように生きていたのかを痛感させられた。吹きすさぶ風や人の吐く息は自分を襲う脅威みたいに考えていた。私は幻想と被害妄想の中で勝手に酸欠しそうになっていたのだ。

いつか、優しい風や美しい夕暮れや儚く咲く草花が与えてくれるやわらかな世界をありがたいと思えるようになりたい。みんなが言うように、世界とは自分が思うよりもっと優しく疑いのないものであることを、少しずつ信じられるようになれたらいい。

#エッセイ

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