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小話:雨天、境界を越え

「よろしければ、中へどうぞ」

振り返り、ぎょっとした。


ーー急な通り雨に、近くにあった適当なお店の軒先に身を隠す。
少しすれば止むだろうかとしばらく空を見上げていたが、雨の勢いは一向に弱まる気配はなく、むしろ先ほどより強まってきているように見えた。

朝の予報では一日中晴れだったはずだ。
現に降り始める前まではギラギラと必要以上に日光がこの身を照らしていた。
最近空模様がコロコロ変わるなとは思っていたが、自宅のドアを開けた瞬間の突き刺すような日の光と雲一つない空を見て、今日は日傘だけで十分だろうと思ったのだが、念のため雨傘も持ってくるべきだった。

手持ちの日傘は雨天両用ではない。
が、ダメになってしまうのを覚悟でまだ雨脚が強くない今のうちに、日傘で雨をしのぎつつ帰ってしまおうか。そう思案していると不意に背後からキィ、っとドアの開く音がした。

「よろしければ、中へどうぞ」

続いて、低い男性の声。
店の窓から濡れた格好で空を見ながら思案している姿を見かけて、店員が声をかけに来てくれたのだろう。

最初より雨脚が強まっているとはいえ、最近の気まぐれな天気模様から見て、少し休憩したら雨が止んでくれる可能性もある。
それであれば少しの間お店の中にお邪魔するのも悪くないかもしれない。というより、いつまでも店先に立ちぼうけている方が邪魔ではないか。

そう思い、ああ、すみません、と急いで振り返る。
そして店員の姿が目に入り、ーー硬直した。

頭部が...…箱?
振り返った先に佇んでいた人間は本来頭があるはずの場所に四角い箱のようなものが生えていた。
男の方が背が高く、私を見下ろす形となっているため箱の底面はあまり見えず、首と箱がどのようにつながっているのかはわからない。

かぶりもの……なんだろうか。
いや、それ以外に何があるというのか。まさか本当に首と箱が直接つながっているわけがあるまい。
ちらりと一瞬目線をお店の方へ移すと、一見普通のカフェのように見える。こういうかぶりものが好きな人のためのコンセプトカフェなんだろうか。

「そのままではお寒いでしょう。何か、温かいものもご用意しますね」

思わずビクリと肩を震わせてしまった。
かぶりものとは言え、実際に箱から声が聞こえてくるのはなかなか異様な光景だ。
男は開ききったドアを背に、店内に手を向けて入ることを促してきた。
そっと店内を見渡すと、男の様相とは違い案外普通の内装になっていたが、それがまた男の異様さを際立たせているように感じた。

いつまでも店の中に入ろうとしない私の様子を見かねて、どうかしたのだろうかと男が首をかしげる。
人間らしい仕草をするのだなと思ったが、人間なのだからあたりまえだろう。傾げた際にちらりと見えた箱の底面と首がぴったりと隙間なくくっついているように見えたが、それはきっと気のせいだろう。
そう言い聞かせて、ありがとうございます、と店内へ足を踏み入れたーー。

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