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「普通の女子高生じゃなくてもいい」仲間とともに戦う高橋アリス

バチン。乾いた音が、格闘技の聖地と呼ばれる後楽園ホールに響き渡りました。10月25日に行われた女子キックボクシングの一戦で、試合開始のゴングと同時に放った、高橋アリスさんの強烈なミドルキック。

「殴られたら殴り返す。蹴られたら蹴り返す。ぶっ倒す」

この試合への意気込みを象徴するかのような先制攻撃で幕を開けた試合は、アリスさんが終始相手を圧倒。3-0の判定で勝利をつかみました。

この試合からさかのぼること1カ月、アリスさんはプロに転向してから初めての敗北を味わいました。「一度でも負けたら引退する」。プロになった時からそう心に決めていたというアリスさん。彼女は、なぜ再びリングへと戻ってきたのでしょうか。そして、日々の過酷な練習をこなして、戦い続ける理由とは。

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サンドバックをたたいて育った

アンダーアーマーの契約アスリートである高橋アリスさんは、空手をやっていたお父さんの影響で、4歳の時にキックボクシングを始めました。はじめは、周りの大人たちのパンチやキックをまねていただけ。それが、アマチュアの選手登録をした小学校6年生の時から、本気で競技に取り組むようになりました。日本人の父とイスラエル人の母を持つアリスさん。当時はハーフに対する偏見があり、心ない言葉をかけられて悔しい思いもしたそうです。強くなって周りを見返したいという思いも、キックを続ける原動力となっていました。

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会長からかかってきた電話

2019年3月、アリスさんはまだ中学生だった15歳の時にプロデビューを果たし、見事に勝利しました。さらなる高みを目指して、道場へと通う日々。周りからは、「高校生のくせにキックなんかやってるの?」、「ただの遊びだろ」と言われ、理解されないこともありました。でも、そんなことは関係ない。強さを求めて、自分の道を突き進んでいきました。そんなアリスさんにも、一度だけキックを辞めていた時期があります。その時の気持ちについてこう振り返ります。

アリス
ちょっとだけ、普通の高校生に憧れている自分がいました。体調不良で試合に出られなくなってしまったことがあり、それがきっかけでしばらく道場に行きませんでした。原宿で買い物をしたり、カラオケに行ったり、普通の女子高生っぽいことをして、遊びました。楽しかったけど、すぐに頭に浮かんできたのはキックや道場の仲間のこと。2カ月くらい経ったころ、それまでまったく連絡してこなかった道場の伊原会長から、電話がかかってきました。
「アリス、明日から練習に来い」
まだ自分に期待してくれているのかなと思い、めちゃくちゃうれしかったです。2カ月ぶりの練習は死にましたけど(笑)。

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キックとモデル、二刀流の覚悟

アリスさんを語る上で忘れてはならないのが、キックとモデルという二足のわらじを履いていることです。以前は雑誌『セブンティーン』の専属モデルを務めるなど、キックボクシングとモデル業を両立させています。

アリス
キックとモデルを両方やっていることに対して、いろいろ言われることはあります。試合に負けた時も、「中途半端なことをやってるから負けるんだ、ざまあみろ」みたいな誹謗中傷もありました。でも、自分はちゃんとやることをやっているし、最初からあきらめたくない。もちろん両立は大変だけど、やると決めたのは自分。いつかはどちらかの道を選ばなければならないけど、できる限り挑戦したいんです。

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戦っているのは一人じゃない

話を初めての敗戦を喫した9月に戻します。負けたらやめると決めていたアリスさんでしたが、お世話になった人々にあいさつをして言葉を交わす中で、気持ちが少しずつ変化していったといいます。

アリス
負けてしまったのに、周りの人たちがとても温かい言葉をかけてくれました。いつもと変わらずトレーニングも教えてくれました。特に、私が4歳で入門した時から10年以上、ずっと一緒に練習してきた江幡睦君と塁君の兄弟(ともに日本チャンピオン)は、「ここで辞めたら逃げているのと一緒だよ。きっと後悔するよ」と本当に親身になって説得してくれました。二人の励ましがなかったら、多分辞めていたと思います。

負けを経験したことで、自分が一人でキックをやっているんじゃないということが分かりました。格闘技は個人競技で、リングに上がるのは一人だけど、支えてくれる仲間と一緒に戦っているんです。そして、試合に勝つことで仲間が喜んでくれる姿を、自分がどれほど見たいのかにも気づきました。

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自分の道を突き進んでいく

最後にキックへの思い、将来のことをアリスさんに尋ねると、ゆっくりと自分の言葉で語ってくれました。

アリス
まず、夢があるってすごい素敵なことだと思うんです。私の場合は、ベルトを巻くこと。試合に勝ち続けて、タイトルマッチにたどりついて、キックボクシングのチャンピオンになりたいです。そして、プロである以上、会場をわかせられるような試合をしたいです。女子はKOが少ないですが、相手を倒せる選手になりたい。自分が道場の先輩たちの試合を見て憧れたように、私の戦っている姿を見て、かっこいいと思ってもらったり、勇気をもってもらえたりするような試合がしたいです。

格闘技を初めて13年になりますが、毎日が新しい発見だらけで、どうすればもっと強くなれるか、ひたすら考えています。普通の女子高生とは違うけど、自分は自分。周りと違っていてもいいと思います。批判されても気にしない。私は、人を感動させられるようなキックボクサーになります。

冒頭でご紹介した、再起をかけた一戦。試合終盤にさしかかる頃には、相手を圧倒し続けたアリスさんの判定勝ちは確実でした。しかし、最終ラウンドの残り1分を切ったところで、猛然とラッシュします。相手を倒すために、ゴングがなるまで前へと攻め続ける。アリスさんのプロとしての姿勢が垣間見えた瞬間でした。

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UNDER ARMOUR「 前へ 」THE ONLY WAY IS THROUGH - 高橋アリス