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嘘と秘密と真実と遠回り。(映画『アンダーカレント』に思うこと)

「台詞は嘘をつく」。
シナリオ学校に通っていた時、さんざん教えられたことです。(実はむかし、脚本家を目指して頑張っておりまして、リアル『ばしゃ馬さんとビッグマウス』でした………あ、麻生久美子さんに自分を投影しちゃいましたご容赦ください!)映画部の宮嶋です。

愛を告白するシーンであえて「好き」って言わせない。別れのシーンで「さびしい」と言わせない。ハッピーなシーンで「幸せだね」って言わせない。悲惨なシーンで「私はつらい」って言わせない。

キャラクターの心の奥底にあるものすべてをわかりやすく台詞で整理して語らせないこと。もし気持ちをダイレクトに表現させるとしても、そこまではなるべく遠回りさせること。それが大人のシナリオだと教わりました。

なぜなのか、とは考えたことがありませんでした。しいて言えば「そのほうが脚本が面白くなるから」と思っていて。じゃあ、そもそもなぜそのほうが面白くなのか、っていう話なわけですが…。

…という流れの中で先日のこと。Twitter(といまだに言ってしまう、X)を流し見していたら、どなたかが「人って、ショックを受けた時になぜか咄嗟に笑ってしまうことがあるよね」というようなことを書かれていました。有名人のどなたかだったか、インフルエンサーの方だったか、たまたま表示されたものだったのか、するするとタイムラインを流れて行ってしまってまったく覚えていないのですが(と、これもTwitterことXあるある)、「あ、これ、一旦笑うことで自分を偽って、自分の奥のほうにある何かを守っているんだな。私もやってるかもしれないな」と思ったのです。

それから、しんどいことがあった時にも、笑い話にしてしまうと少しマシな気持ちになったりするので、あえて面白おかしく語ってしまうことも。自分を守るためと、起きてしまったことへのあきらめと、「笑い話にしたほうが気が楽」の化合物みたいな感じでしょうか。まぁ、それに失敗して落ち込むこともあるのですが。

で、そうか!と思ったのです。実際の人生がそうなんだから、台詞が嘘をついても当然。みんな、意識的にせよ無意識にせよ、いつだって向き合う社会に対して、そして自分に対してさえ、ちょっとだけ偽っていて、本当は心の深いところにはギュギュっと閉じ込めた真実があるものだから。それを台詞という物語の表現要素に取り込むことでフィクションの会話に厚みが出るのは、そりゃあそうだよな~。

たぶん人間は、今日も明日も生きていかなきゃいけない自分や、同じように今日も明日も生きていかなきゃいけない誰かを守るために、表面上みえている部分を調整する…ありていにいえば「ちょっと偽る」機能を心にデフォルトとして装備してるんだよなぁ、と思ったんですね。でも、そうやって何だかんだ何とかやりすごしているうちにいつのまにかイビツになってきて、小さく綻びが出来てしまう。時々そこから何かが漏れ出てきてしまう。その「何か」は、自分を守りすぎている場合は誰かを傷つけるし、誰かを守りすぎてしまうと自分を苦しめるし、誰かを守るふりをして自分を守っちゃうような複雑系の時は結果的に全員を傷つけるし。

でも、綻ぶことが必ずしも悪いことではない、ことも。なぜなら、綻びから漏れ出た「何か」は、実は私が守ろうとした誰かが求めていたものだった、なんていうこともありそうだから。だってお互いにちょっと偽っているのだもの、本当は何を求めあっているのか理解できていなかったとしても「そりゃそうだよ」って話だと思うのですよ。それでも誰かを理解したいと思うことが人間同士のかかわりにおける希望だったりもするし、すれ違うことで学びを得たり、綻びを掬いあうことで愛が生まれたりもするし。そして偽ること自体ももちろん、必ずしも悪いことじゃない。それは、何とかよりいい感じに生きていくための意志だったり、知恵だったりもするから。

そんなことを繰り返すのが人間関係のリアルだよなぁ、と思ったりしています。ああ、人生って結局ずっと何かのプロセスでしかない。遠回りこそが人生ですなぁ…。

そして『アンダーカレント』という作品は、それをまるごとふわっと閉じ込めたような映画だと、私は思っています。

5人のメインキャラクター、それぞれがそういう現実とどのように接しているか、という描き方によって、そのテーマはとても立体的に伝わってきます。


自分のことも他人のこともよく分からなくなっている主人公と、

表立った部分では何の問題もなかった現実から突然逃げてしまう夫と、

表面からは見えない「何か」を心の奥に持っている謎の男と、

人間関係を、表層的な部分の一段階奥のほうから見ている探偵と、


少し離れた場所から、すべての人間模様を見守る親友。

決して、分かりやすい着地点に向かって行く話ではない。登場人物たちの人生は本当に遠回りな生き方で、もしかしたらまどろっこしくて、でもなんだか映画の中に「生の人間模様」があるのです。

監督は、今泉力哉さんです。わたし、今泉監督の映画が大好きなんです。『愛がなんだ』も『街の上で』も『窓辺にて』もそういう映画。まっすぐ進まなくて遠回りで、ましてや何かが成就したりサクセスすることもなくて、でもそこに人が生きて呼吸している感じの映画。

そういえば昔noteにも書いてたのでリンクをペタリとしておきますね。

昔から大好きな今泉監督作品に関わることができて、本当に嬉しいです。

…と申し遅れましたが、映画『アンダーカレント』、私たちU-NEXTも製作委員会の一員として関わらせていただいております。

10月6日(金)劇場公開です。ぜひこの感覚をともに味わっていただけたら嬉しいです。


原作コミックも素晴らしいのです。日本のみならずフランスでも人気が高いんですって。わかる気がする…!

アンダーカレント』豊田徹也/講談社

それから、U-NEXTが運営しているエンタメ系のWEBメディア「U-NEXT SQUARE」では監督インタビューと主演の真木よう子さんインタビューが掲載されています。

こちらもぜひ、お楽しみください。

映画『アンダーカレント』、ご覧になるかたがどのような思いを抱かれるのか、とても楽しみです。



(C)豊田徹也/講談社 (C)2023「アンダーカレント」製作委員会