【舞台】来た、見た、書いた2

2月半ば〜3月頭もいくつか舞台を見た。それについて書き記しておく記事です。
ネタバレかもしれないようなことも気にせず書いています。


ミュージカル「伝説のリトルバスケットボール団」


東京公演は草月ホールにて。青山一丁目から少し歩いたところにある。
ロビーが広めで個人的にはわりと快適な劇場なのだが、集合体恐怖症のためホールの壁面のうめぼしみたいな意匠を直視できない。
上手や下手のブロックの席は中央のステージに向かうように斜めに設計されているので、席の配置によってはほぼ真横みたいな角度から見られることもあって面白い。

本作は夏に1日だけあったプレビュー公演を見ていたので、ストーリーや展開については既に知っていた。あのころから数ヶ月間、それぞれに経験を重ねた役者さんたちが再度集まって、劇的に何かが変化したとまでは思わないけれども、お芝居のそこかしこに余裕が感じられるような気はした。公演後半の円熟した感じが最初からあるみたいな。

バスケの実際の技と音楽、ダンス、高い歌唱力を組み合わせたパフォーマンスは圧倒される。どうしても涙が出てしまう場面もあった。手拍子で盛り上がれたり笑えたり泣けたりと、2時間でいろいろな感情にさせてくれた。

どんなに自分自身を変えても世界が変わるわけではない、というのが描かれているのは誠実だと思った。気持ちが前向きになれたからといってそんなにいきなりすべてがうまくいくことはない。
ただ、そこで不運な事故といじめを同列に語るのは適切なんだろうか?
パフォーマンスのすばらしさ、生々しさ、勢いで感動してしまうけれど、そこだけは魚の小骨みたいに引っかかっている。

なぜ最後ジョンウにも3人のことが見えるようになったのか。スヒョンにしか見えなかったはずなのに……というのは、実はサンテにも見えていた、というのがヒントにはなりそうだ。
まわりとうまくやれなくて諦めてしまっている人にだけ見えるということなのかもしれない。だから、成果がなくても諦めずにいたジョンウにはずっと見ることができなかった。3人を諦めた=3人の死を受け入れたことで見えるようになり、結果として過去から一歩、自分の人生を踏み出せたということなのかもしれない。

生演奏なのが本当によかった。演奏者の方々が乗っているのがわかって、それもシーンの感情的な盛り上がりを構成する一要素になっていた。複数回見たが、毎回チームの試合を応援している気持ちになった。
スクリーンに投影されるイラストも、登場人物たちの思い出を共有してもらえているようでよかった。デフォルメされていながら絶妙に役者さんたちの特徴をつかんだ、あたたかい気持ちになるイラストだった。


舞台「うみねこのなく頃に~Stage of the golden Witch~Episode3」


新宿のスペース・ゼロにて。同じ劇場でエピソード2を見たときからずっと楽しみにしていた。原作ゲームが大好きで、なかでもエピソード3が好きだった。オープニングから本当に涙が出てしまった。ステージの美しさに、それからなによりも、作り手の方々の作品への深い愛情に。

観劇中はずっと、かつて発売直後のゲームを徹夜でプレイしていたときと同じ気持ちだった。PC画面を見ながらわたしの頭の中で繰り広げられていた光景が、そっくりそのまま展開されている、とすら思った。
演劇としてまとまるように再構築はされていながら、あのシーンがなくて残念……と思うこともなく、ミステリーとしても筋が通るようになっている。終盤に戦人がエヴァ・ベアトリーチェを論破する場面の熱さといったら。
キャラクターも出し惜しみすることなく、見たかったシーンを、見たかった通りにしっかり見せてくれた。ラストまでしっかり。

エヴァ・ベアトリーチェ役の柴田茉莉さん、かわいらしさがどんどん異常さにすり替わっていってとにかく凄みがあった。絵羽役の平湯樹里さんとの掛け合いが、今この年齢になると胸に突き刺さる。
わたしはベアトリーチェが長年すごく好きで、ベアトリーチェ役の稲田ひかるさんにはあまり冷静な感想が書けない。エピソード2に引き続き最高でした、とだけ。
エピソード4も絶対に見ます。

華やかな衣装やウィッグを見てるだけでも楽しい


舞台「天才バカボンのパパなのだ」



本多劇場にて。傾斜がしっかりあって見やすいんだけど、客席がギュッと詰められている感じで奥側の席だとなかなか大変な劇場。
そして毎回、下北沢の駅を出るたび、こんな街だったっけ?と驚く。再開発前のまま、わたしの中の印象がなかなかアップデートされない。

演劇に芸人さんが1人2人出られているのを見かけることもかなり増えてきていて、一度、がっつり芸人さんのお芝居を見てみたいなと思っていた。
そんなときにちょうど友人からこんな舞台があるよと教えてもらい、ほぼ前情報もないまま見に行った。

開演前。電信柱から伸びる電線が客席の頭上に張り巡らされていて、俄然楽しみになった。舞台上と客席が同じ空間なのだと実感できて、もうわくわくしていた。

本当に個人的な感覚で書いてしまうけれど、芸人さんのお芝居は、がっちり固まりきっていないところに面白みがある気がする。
俳優さんの中に1人芸人さんが混じった舞台だと、芸人さんが喋るシーンになんとなく、危なさのような、何が起きるかわからない気配が漂って、それがいい抜け感になっていることが多い。

登場人物の半数が芸人さんというこの舞台はどうだったかといえば、冒頭、どこへ向かっているのかまるでわからない脚本なのも相まって、これ最後まで見られるかな……と不安になりながらも、ちょっとした仕草や言い方、間の取り方とかがじわじわと面白くて見続けているうちになんだかんだで最後まで見てしまった。訳がわからないまま満足してしまった。
舞台上の人物が増えていくにつれ、ああ、この流れ知ってるぞ、という気になってきた。SNSでわりと見るリプ欄での喧嘩や、エコーチェンバーで意見が極端になっていくあの感じだ。
この戯曲が書かれたときにSNSはまだないわけだから、いつの時代もあんまり人間変わらないということなんだろうな。
ラストは、まあざっくりいえば「未来世紀ブラジル」。そもそも舞台の床に雲があった時点から感じていた違和感が、ラストで花火のように打ち上がる。日本ではサンバじゃなくて盆踊りなのか。電信柱だと思っていたのも盆踊りのやぐらに早変わり。

日替わりゲストのシーンは「かわった友だち」のオマージュなのかな。好きな話なので嬉しかった。
かみちぃさんのバカボン、どうみても大人の背格好なのにバカボンそのものにしか見えなくて、あれはどういう技術なんだ。


アクスタが展示されていた。かわいい。

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