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瞬きほどの春がきた

JR飯田橋駅から市ヶ谷駅までのそれなりに長い区間、外堀通り沿いに桜並木がある。とてもきれいに整備されているというような印象でもなく、大きめの川としか見えない外濠の土手に木が立ち並んでいる。
今日は晴れていて、ようやく春のあたたかさになった。しかし風はいくらか強いし、来週からは天気が崩れる予報だ。桜、見に行くならもう今日しかない。そう思っているのは当然わたしだけではないから、外堀通りの桜並木の前はかなり混雑していた。
毎年とはいかないまでも、桜の時期になるとわたしはここを歩きに来る。お花見と言えるほどのイベント感も計画性もなく、ただなにかのついでにぶらぶら歩いて、ふと立ち止まって見上げてスマホで写真をとるくらいのものである。それでもなんとなくここの雰囲気が好きで、趣味の二次創作小説に登場させたこともあるくらいだ。


天気がいいからか、外濠には手漕ぎボートに乗る人たちも見えた。神楽坂や飯田橋のあたりには外国の方も多く住んでいるらしく、花をつけた枝が低い位置まで垂れてきている場所で、金髪のちびっこが濠を背にして母親らしき人に写真を撮ってもらったりしている。
飯田橋駅からしばらく歩いて何枚か写真を撮って、とはいえ市ヶ谷への用事があったわけではなかったから、適当な場所まで行ってからまたもと来た道を歩いて戻った。わたしの少し前を初老の男性と女性が連れ立ってゆっくり歩いていた。夫婦かもしれない。そうじゃなくても素敵だ。この時期、ここの道を行く人はみんな歩みが遅くて、みんなほんのすこし上を見ている。
さっきの金髪の子の撮影はまだ続いていた。なかなかいい一瞬がカメラにおさめられないらしい。初老の男性が手をのばして、舞っている花びらをつかまえようとして失敗していた。みんな必死に春をつかまえようとしている。そうしないと簡単にすり抜けていってしまう。今年はどうなるかわからないけれど、去年は5月の時点でもう暑くなりかけていた。
年々春は短くなっている。それでも、桜が咲く限り春の概念は消えないんだろうと、この通りの混雑を目にするたびに思う。


背景が水で基本的に人が写り込まないので、写真を撮るにはちょうどいい



飯田橋まで戻って、時間が余ったのでスタバへ寄った。
なんとなく目についたオリアートのオーツミルクラテを頼んだら、「こちら飲まれたことあります?」と店員さんに尋ねられた。今日初めて飲みますと答えると、「これ風味がすごくいいので、よければ次はこちらも」とコールドブリューを勧められた。またこういうちょっとした会話ができるようになったなあ、と思う。春が来たという感じがする。
すべてがコロナ前に戻る必要はないけれど、たまにこうしてそこまで意味のない、別に必要というほどでもない、でもほんの少し気持ちが上向くかもしれない会話を誰かとすることで、人生は意外にも楽しくなる。桜を見るのだって別にどうしても必要なわけじゃない。だけれどもみんな、満開の桜の下では足を止めるのだ。
オーツミルクラテは香ばしくておいしかった。ちょっと好みが分かれそうな味だとは思ったけれど、せっかくだから次はコールドブリューを飲もう。

まだ明るくて、それほど寒くもない。これなら歩けるなと思って、教会を右に見ながら早稲田通りを進み九段下のほうへ。武道館では大学の入学式をやっていて、ここも桜と人であふれていた。春の瞬間最大風速だ。今日イチで春度の高い場所だった。


ご入学おめでとうございます

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