見出し画像

11月14日の手紙 慰撫なるつけ麺

拝啓

平日に休みを取るということは、平日にしかできないことができるということです。
銀行、病院、役所の3つのいずれかに行くことが多いです。
あ、郵便局も入れても良いかもしれません。
数年前までは、大きな郵便局のゆうゆう窓口なら、かなり遅くまで対応してもらえていたのですが、最近はゆうゆう窓口も19時までのようです。
銀行は、オンライン、アプリなどで対応できることが増えてきました。
役所も、マイナンバーカードがあれば、コンビニで証明書を発行することができます。(これはお住まいの市町村によるようです。ご存知ない方はお住まいの市町村についてお調べください。)
2023年、先にあげた3つの中で、もっとも、本人自らがいかなくてはならないのは、病院です。
オンライン診療が存在する病院もあるようですが、まだそう言った病院に行き当たったことはありません。
せいぜい予約がオンラインでできる病院までです。
仕事へ行く前や仕事終わりに病院受診を出来ればいいのですが、やはり、時間的に余裕がある状況、前後に何もない時の方が気が楽です。どれだけ待たされても、予想外の混みようでも、予定にゆとりがあればまあいいかと思えます。
周囲の人、例えば、震えながら保険証を出す高齢者や泣き喚く子ども、順番抜かしをする人に寛容でいられるのは、自分の時間にゆとりがあるからです。
穏やかに暮らすためにも、時間のゆとりは必要です。
病院に行くのはあまり楽しい体験ではありません。ただでさえ、楽しくない体験をしに行くのに、ゆとりがない状態で行くのは、お化けが苦手な人が、体調が悪い状態でお化け屋敷に行くようなものだと思います。
どうせ楽しくない体験なら、それ以外は少しでも、快適にしておいた方が良いと思うのです。
予約が必要な受診ならしっかり予約を取り、10〜15分前に行く、予約が入らない受診でも午前早めの時間帯に行く、それだけでもぐっと、快適になります。
ギリギリの時間に駆け込むと、病院側も、自分自身も余裕がなく、不快な体験をすることが多い気がします。
そもそも、楽しい体験をしに行く場所でないことは承知していますが、出来ることなら、穏やかに過ごしたいのです。
保険証とお薬手帳を、忘れないようにするのもそのためです。受付の人とのやりとりをスムーズにするには、忘れない方が良いからです。
平日午前中の病院は、人もまばらで、のんびりした空気です。ひどい雨が降っていたからかもしれません。待っているのは数名の高齢者だけです。
さほど待たずに済みそうだなと思ってホッとします。しかし、時間に余裕があるので、待つことになったとしても構わないのです。

ということで、先日の午前中、病院へ行きました。
待合室にはテレビがありましたが、誰も見ている様子はありません。
受診時に、何と伝えるかを考えながら待ち時間を過ごします。適切に症状を伝えることは案外難しいものです。症状がもっとはっきりしているうちになぜ来なかったのか?と言われたらどうしようか、微妙な症状を伝えようかどうしようかなどと、考え出すと、きりがありません。
できるだけ、シンプルに、言い訳がましくなくということを意識してしゃべることにします。
順調に診察は終わり、薬をもらって、病院を去ります。
よし、準備のおかげで、ほとんどストレスなく、受診が済みました。道を歩きながら、やはり準備は大事だということを肝に銘じます。
しかし、この日はもう一件夕方から、病院受診の予定があります。
経過観察とはいえ、検査もする予定であり、先ほどの受診よりさらに気が進まない、受診です。
しかし、絶対に行かねばなりません。
予約を改めて取るのはとても難しいだろうし、そうして、ずらしたところで、何かが好転するわけでもないと言うことはわかっています。

食事制限がある検査ではないので、食べたいと思ったものを昼食にすることで気持ちを落ち着けようと思い立ちました。
帰宅する前に、スーパーにより、必要なものを買い求めます。

この時、どうしようもなく食べたかったのは「つけ麺」です。
ラーメンよりもよほど好きです。
太めのしっかりした麺を濃厚なつけ汁につけて食べるもので、麺料理では1番好きです。
麺がしっかりしているのがよいのです。
売り場を探してわ麺とつけ汁の素が入ったチルドのものを見つけました。チャーシューとメンマもついでに買います。
1人用のチャーシューとメンマを見つけて、飛びつきました。食品会社はニーズをリサーチしているようです。
1人分のチャーシューやメンマは経済的でないかもしれないけれど、無駄にすることはありません。
長い目で見れば、経済的なのかもしれないなどと思います。
これで麺を茹でて、つけ汁を作ればすぐ食べられます。
味玉を買わずに家でゆで卵を作って、つけ合わせることにします。
帰宅しながら、調理の順番を考えます。
その一方で、頭の片隅では、
もしかすると、病気が発覚する前、最後の食事になるかもしれないのだと思ってしまいます。
穏やかな気持ちで食べる最後のつけ麺かもしれません。
そんな大げさな…と自嘲しつつ、でもだからこそ、食べたいものを食べたかったのだ、と気持ちを再確認します。
うん、確かに、「つけ麺」が食べたい、です。

帰宅すると、手を洗って、ゆで卵をホットクックでつくる準備をします。たまごがかぶるくらいの水を入れてスイッチを入れれば、ゆでたまごは15分でできます。
その間に、先ほど行ってきた病院の領収書をクリアファイルにしまい、家計簿アプリに医療費を登録します。後回しにすると忘れてしまうので、これが大切です。
再度手を洗って、大きな鍋に水をいっぱいにはり、
麺を7〜8分茹でます。
水で溶いたつけ汁の素を片手鍋に入れ、温めます。
麺が茹で上がったらお湯をきり、皿に盛り付けます。
ゆで卵、チャーシュー、メンマ、それからすでに小口切りしてあるネギをつけ汁の入った椀に入れます。
完成です。
これはまさしく自分の食べたい昼ごはんです。
自分が食べたいと言うものがわかること、
食べたい思うものを買えること、
食べたいと思うものを自力で作れること、
どれもこれも、実は当たり前ではありません。
太めの麺を味わいながら、出来るだけ長い間
「食べたいものがわかり、購入できて、自力で作りたい」と言う思いがあること、
それには健康が必須であることに思い至ります。
しっかり食べ応えのある麺、つけ汁に浸かったチャーシューやメンマ、ゆでたまごの美味しさをしみじみと味わいました。
お店で食べるつけ麺では、最後にスープ割といって、つけ汁にお湯を注いで味わうことができる場合があります。しかし、今回はやめておきました。
身体に問題がなければ、またお店に食べに行くことができるでしょう。
小さな願掛けです。

食事が終わって、夕方の写真まではそこそこな時間がありました。
しかし全く建設的なことができません。スマホで流れてくる情報をぼんやり眺めている以外は何もできないのです。
やろうと思っていたこと、読もうと思っていた本は投げ出されたままで、病院に行く直前に、洗い物を忘れていたくらいです。
思っていた以上に検査の行方がかなり気にかかっていたのでしょう。
予約の時刻より、かなり早く家を出るようにして病院に向かいます。
今日は気がそぞろです。交通事故や乗り間違えに気をつけた方が良さそうです。
病院に着いた時には、夜の帳が下り、病院も閑散としていました。受付近くのローソンには人影が見えました。
診察券を機械に通し、出てきたレシートを手に入れます。
むかう専門外来だけは、夜間診療のためか、それなりに順番を待つ人々がおり、ホッとしました。
オルゴールの音楽が聞こえるか聞こえないか程度の音量でかかっています。
オルゴールの音のひとつひとつのきらめきが命の大切さを歌ってるようでかえって不安になりました。
同伴者がいる人が羨ましくも感じます。
「つけ麺、美味しかった」と思い出すことで、平静を保ちます。
「やはりゆでたまごはなく煮卵にした方が良かった。ネギのトッピングも良いが、海藻のあおさを入れたらなお、美味しかったかもしれない」などと考えることで、どうにかやり過ごしました。
検査が始まるとさすがにつけ麺のことを思い出すことは出来ませんでした。
さすがにそこまでの力はなかったようです。
それでも、検査は時間はかかったものの無事終わり、問題ないと言う結果でした。
帰宅しながら真っ先に思ったのは、
わざわざつけ麺を作ってまで、食べることはなかっただろうかと言うことです。
そんなに心配することはない検査だったのだと思います。
いやでも、あのときは確かにつけ麺が必要だったのです。
気持ちを慰めるための、つけ麺が。
たぶん。
しかし、どうして、つけ麺だったのだろうと、しみじみ自分がわからなくなりました。




気に入ったら、サポートお願いします。いただいたサポートは、書籍費に使わせていただきます。