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11月10日の手紙 迷惑メール博物館

拝啓

雨が降っています。

冷え込むかと思っていましたが、さほどでは無く、長袖がちょうどよいくらいの気温というだけでした。
何となく、騙されたような気分です。
明日はさらに温度が下がるということですが、さてその情報を信じて良いものか、悩みます。
雨のせいでじっとりとした、この世界が明日の朝には、本当に冬に近づいているのでしょうか。
それは実に怪しい気がします。

しかし世の中の人々は、冬を期待しているのか、皆、総じて、暗い色、多くは黒っぽい冬服を着ています。
冬の電車内は気が滅入るようなパレットです。
黒、白、黒、黒、黒、白、
こちら側の座席は、アーミーグリーン、黒、黒白…黒。
そのせいで車内全体がくすんだ色合いに見えます。日中に楽しそうに乗り込んでいる外国からの観光客はほとんどおらず、今週の仕事に疲れた人々がぐったりと項垂れてスマホを見つめ、その縁取りが黒い冬服であるために、うつむいた顔の遺影が並んだような雰囲気さえあります。
ジャパニーズホラーの幻覚シーンにあってもおかしくないような、光景です。

「冬でも皆、明るい色の服を着た方がいい。世界が暗くなる」と、強く思いましたが、自分の着用しているのは紺色の上着であることに気付き、恥ずかしくなりました。
遺影の群れには自分も組み込まれていたのです。
来週以降は、明るめの上着を着ようと思います。知らず知らずのうちに遺影の群れに組み込まれているのは恐ろしいので。
それとも、乗り換え駅で見かけたインド系の家族のようにスマホを持っていても顔をしっかりあげていれば、ずいぶん印象が違うかも知れません。黒っぽい服でもジャパニーズホラー幻覚から、怪獣映画のモブくらいにはなれるような気がします。
スマホの画面を見過ぎ、チェックしすぎかもしれません。
そんなにスマホのチェックをすることがあるだろうかというくらい、スマホのチェックをしている自覚はあります。
チェックしたところで良い知らせがあることはほとんどなく、たいていが、ダイレクトメールです。
疲れた身体にダイレクトメールは苛立つので、どんどんゴミ箱に捨てていきます。未読メールの通知があるのが嫌なタイプだからです。
スマホに通知が来て、チェックをした時、ダイレクトメールだとひどく、損した気になりますが、最近連続でキャリアメール宛に来たスパムメール、迷惑メールは読んでいるうちに脱力してきました。
送信者の名前は「橋本◯奈」とあります。
名前の部分をタップすると、その名前の女優が主演した映画のタイトルのローマ字とあまりにも長いドメインで構成されたメールアドレスが現れます。
内容は
1通目は
「◯末さんご無沙汰してます。橋本◯奈です。実は携帯を二階から落として壊しちゃったんですよね(汗)どうしても今後について◯末さんに相談したい事があったから、急遽マネージャーに携帯を借りて、◯末さんのアドレスをうっすら覚えていたから、一か八か手打ちでメールさせてもらいました。◯末さんで合ってますか?」
というものです。
二階からどうして携帯を落としたのか気になります。内容によっては、それは事件でしょう。
(汗)って若い人が使うはずがありません。
「一か八か手打ちで」ってうどんじゃないんだから…と突っ込んでしいます。
この短い文章の中に突っ込みどころがすでに3つもあります。
2通目は、
「橋本です。返事ないですがもしかして◯末さんのアドレスじゃなかったですか?合ってると思ったんですが…まぁでも忙しくて返事できないだけかもしれないし、もう少し待ってみますね。もし間違ってたら申し訳ないですが違うとお返事ください(>_<)」
という内容です。
どこをどうというわけではないですが、若さが全く感じられません。改行のない文章からは思い詰めたオタクが息継ぎせず喋っているような気さえします。
3通目は、
「橋本です。これだけ返事がないって事は、私が今メールしてるのは◯末さんじゃなかったって事ですか?もしそうだったらほんと申し訳なさすぎるな…本当に違うならちゃんと謝りたいし、謝るにも返事がないとできないから…とにかく1通違うなら違うとお返事頂けませんか?」
ちゃんと謝りたいと言いつつ、返事を強気で要求するスタイルになってきました。流石にうんざりしたので着信拒否、アドレスをブロックしました。
さようなら、橋本さん。
さて、このようなメールが3日続けて、少しずつドメインを変えたアドレスから送られてきていました。
昔からよくある手といえばそうなのですが、名前の選び方を考えるとおそらく中年以降の人間が送信側にいて、こんなどうしようもないメールを送ることを計画していると考えると無性に虚しくなります。
昔使っていたメールの内容の女優の名前だけアップデートしているのでしょうか。
そういえば、数年前は有名男性フィギュアスケート選手の名前や有名男性アイドルの名前が送信者に記載されていたこともありました。しかし、今回もそうですが、どれも微妙に旬を逃した頃に名前が使われていたような気がします。
やっぱり、流行りにワンテンポ遅れて反応している中年以降の人間の企画なんでしょうね。悲しいことです。
こういうメールの内容というのは誰かがポチポチと入力した雛形をコピーアンドペーストして使っているのでしょうか。
原案を作成した人は今もご健在なのだろうか、ちゃんとした暮らしを送れているのだろうか、監禁されてメールを打っていたりはしないだろうかなどと考えてしまいます。

最も気になるのは、こういったメールをたくさん送信することで一体どれだけの利益が出るのだろうということです。
「下手な鉄砲も数撃ちゃ当たる」方式で、数百人に1人引っかかる人を待っているのでしょうが、ずいぶん気の長いことです。それとも、考えているより、引っかかる人が多いということでしょうか。
「当選しました!!」というタイトルのメール、女性の名前と年齢を書いたタイトルのメール、タイトルとは全く関係ない、どこかの旅行サイトを完全にコピーアンドペーストし途中で文章が切れているメールなども見たことがあります。
こういうのを送ってくる人たちも今はまだ生きている人間かもしれないけれど、そのうち完全にAIに変わっていくのだろうなぁと思います。
絶妙なダサさ、奇妙さが消えて、もっとそれぞれに沿った内容になるのかもしれません。
そう考えると、先ほどのメールも消えていく芸術のような気さえしてきました。
いつかは、スパムメール、迷惑メール(手打ち)博物館というのが出来るかも知れません。
これはちゃんと書けばSF小説ですね。


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