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「かのひとにこそ花を手向けめ」(元にした作品:吉屋信子『花物語』)

 私と姉は同じ日に生まれました。双子ではありません。父なる人は妻と愛人を持ち、奇しくも二人は同じ日に女児を産み落としたのです。姉は綺羅子、妹の私は志津香と申します。
 
 広い屋敷の、姉は東の離れで、私は西の離れで育てられました。父は仕事に、母は社交に忙しい人でしたので、姉と私の世話は女中がしてくれました。とはいえ、我が家の女中たちは主人が居ないとサボりがちで、私たちは子どもながら自分のことは自分ですることを早くに覚えました。今振り返りましても手の掛からない、甘えることを知らない子どもでした。
 
 東の離れには金木犀が、西の離れには銀木犀が植えられておりました。
 小さなお日様を集めたような橙色の花は、綺羅子姉様に似合いました。姉様そのもののようでした。声も姿も振る舞いも明るく、甘やかな魅力を放っていました。
 翻って私は、色白というよりは青く沈んだ顔をした、月明かりの下にポツンと立っているような子どもでした。愛されない子どもでした。気の強い女中は私を虐めました。私が泣くと涙の欠片が銀木犀の花のように散りました。女中はまた、それを踏み躙って笑うのでした。
 
 私は金木犀のような姉様に手紙を書きました。
 金木犀の木にも、銀木犀の木にも、小鳥の巣箱が掛けてあります。
 私はこっそりと夜の庭を横切って、金木犀の巣箱に手紙を入れます。
 そうすると、お返事が銀木犀の巣箱に届きます。
 月の光を浴びながら、姉の手紙をそっと開き、ああ私はこの世にひとりではないのだと、かりそめに心を癒します。
 すくすくと育った姉は社交界の花になりました。
 陰気に育った私は、父が決めた人へ縁付きました。
 同じ頃姉は映画スタアと激しい恋をして、周囲の反対を押し切ってその人と一緒になりました。
 私は恋など知らぬまま人生が過ぎていき。
 姉はただ無邪気に生きているだけで。
 周囲の愛情をふんだんに浴びて咲き誇りました。
 自慢の姉でした。
 狂おしいほど。
 
 姉は、感情のままに生きていました。
 家を出た私たちには、もうお手紙を届ける巣箱はありませんでしたけれど、姉は時々電話を掛けてくることがありました。
 お酒に酔いながら。恋に酔いながら。
 私の知らぬ華やかな世界の御伽噺を聴かせます。
 電話は深夜のこともあり、そんな時は夫に小言を言われましたけれど、私は姉の話を聞くのが好きでした。姉が私を忘れずに電話を掛けてくること自体、好きでした。姉を好きでした。 
 でも・・・
 
「はぁ。私、志津ちゃんが羨ましいわ。穏やかな人生で」
 
と、しみじみ言ったのだけは許せませんでしたから、私は姉を刺しました。 
 
 だって・・・
 姉は、私の憧れでしたもの。
 お日様でしたもの。
 私のように、嫁ぎ先でも蔑ろにされながら生きているつまらない女を、羨むなんて許せませんもの。それは、私への侮辱ですもの。私の憧れへの。
 刺された姉は重傷だそうです。
 間もなく死ぬと思います。
 
「どうして」
「病が苦しかったのでしょう」
「本ばかりですね」
「寝たきりで」
「窓の外には」
「花が好きでした」
「本当に、本ばかりですね」
「ええ。夢ばかり・・・夢ばかり見ておりましたよ。ごらんなさい」
「ああ・・・夢の中のような、顔ですね・・」

 ひとりの女がひっそり死んだ。
 不幸な境遇
 寂しい暮らし
 夢の中
 恋も知らず友もおらず
 親兄弟に見放され
 ひとりしずかに ただ・・・
 拵えた物語の揺籠の中で精一杯生きて
 病に掴まれた心臓を
 自ら刺して 死んだ



(画像は写真ACよりラッキーエースさんの作品)
 

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