怒ることの重要性

過去20年間一度もキレたことなど無く仏の浦谷と地元では謳われていた私だが、つい最近”怒ることの重要性”に気づいた。
私は過去成熟した人間は全く怒らなくなると考えていた。
加えて、優しい方がモテるっていろんな記事に書いてあるため怒ることは何の得もないことであるし怒るべきではないと思っていた。しかし、優しさを搾取する人間に遭遇し、またデートを繰り返して行く中でその価値観が変わっていった。

結論から言うと、怒ることは優しさを搾取するような精神的に未成熟の人間から自分を守るために必要なことである。怒ることで、他人との間に一線を引き、これ以上踏み込んではいけないとメリハリを付けることができる。また、相手に舐められて感情を搾取されることも防ぐことができる。

”怒る”とはなにか

ベネッセによると、

怒るは、感情的に自分のイライラや怒りをぶつけるもの。
叱るは、相手のためを思いアドバイスをしたり注意をしたりするもの。

ベネッセ 教育情報サイト

とある。
これを見るだけでは怒ることなど一銭の価値もないことのように思える。感情的に自分のイライラや怒りをぶつける行為は相手の感情を搾取する、なんとも利己的な言動である。

しかし、精神的に未成熟の人間は優しく諭してもそれがどれだけ重要なことなのか理解することができない。精神的に未成熟な人間は言葉から相手の言動の重要性を汲み取れる能力に劣っている場合が多いためだ。それゆえに、彼らに最も効果的なのは言葉ではなく感情で伝えることである。叱るのでもなく怒ることが重要なのだ。

優しさ

ここで言う優しさとは、見返りなしに利のあるものを与えることを意味する。それは、目に見えるものに限らず見に見えないものも含まれる。むしろ目に見えない者のほうが多いだろう。例えば、合コンで話にうまく入れない人に話を振ってあげるのも優しさといえる。

精神的に未成熟な人間は、その”優しさ”に気づくことができずに当然のことと捉えていまう。無限に湧いて出てくるものだと勘違いしてしまうのだ。

怒るのが必要な場面とは

怒るのが必要な場面とは、相手がその優しさに感謝の気持を持たず当たり前のものと捉えて搾取してきた時だ。例えば、空気読めずに一人喋って浮いている子に手を差し伸べてその後必要以上にいじってきたりしたら、ちゃんと怒って一線を引くべきだ。怒らないとその後もズルズルと搾取され、最悪の場合その場の他の人からも距離を置かれることになる。

怒ることは自分の身を守るためにはすべきこと。

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