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映画『100日間生きたワニ』レビュー

【とどまり振り返る物語から、前を向き歩み始める物語へ】

 『100日後に死ぬワニ』のとどまり振り返る物語から、前を向いて歩み始める物語へと変わっていたアニメーション映画『100日間生きたワニ』。観ると最初はその変化の速度と強度に戸惑いを覚えるかもしれないけれど、そうした変化があってこそ辛さに沈んで固まってしまった心を動かされ、溶かされて止まっていた足を1歩、また1歩と前に踏み出していく力が湧いてくる。

 原作は、言わずと知れたきくちゆうきによってネットで連載された4コマ漫画。確実に近づいてくるその瞬間にいったい何が起こるのかといった関心を誘われ、それまでの淡々として平穏な日常に心を温められ、だからこと訪れたその瞬間に悲痛な思いにかき立てられた。日に日に評判を高めていって、最終回に感動もピークに達したけれど、その直後に感動に水を差すような出来事が周辺で起こって、一気に評判が逆転してしまった。

 作品本体がもたらしてくれた感動自体に、一切の関わりはない周辺の出来事だったにも関わらず、いったんネガティブな印象がつくと作品自体への批判も含めてあらゆる悪口が是とされてしまう。アニメ化の話も燃えさかるネガティブな評判に油を注ぐようなもので、何を作っても批判が待ち受けていることは確実だったにも関わらず、火中の栗を好んで拾いに行った人がいた。

 インディーズから世界的な人気作へと駆け上がった『カメラを止めるな!』の上田慎一郎監督と、『こんぷれっくす×コンプレックス』で毎日映画コンクールのアニメーション映画賞を獲得したふくだみゆき監督の夫妻。どちらかといえばマイナーな世界から自分の力で世界を納得させた人たちが醸し出す、周囲を味方につけて盛り上がっていく波動がネガティブな空気を吹き飛ばすか。そんな期待もあったけれど、やはり強固なネガティブパワーを押し返すには至らず、『100日間生きたワニ』には逆風が吹いている。

 公開されても内容に関わらず、悪評が大喜利のようなバリエーションで四方八方から繰り出されてくるだろうことは確実。それでも敢えて断言するなら、映画『100日間生きたワニ』は心に染みて傷を埋め、力を与えて前に踏み出す力を与えてくれるアニメーション映画だ。

 冒頭、漫画での最終回が描かれてワニに起こっただろうある出来事が示される。そこから遡って漫画に描かれた、ワニがいて友人のネズミやモグラと遊んで戯れていく姿、そんなワニがシャイで奥手な性格をどうにか乗りこえて、バイトの先輩と仲良くなっていく姿が描かれ、変わらない日常の良さといったものを強く思わされる。

 そんな日常が途切れてしまう。理由は漫画に描かれたとおり。そこで終わった漫画の先が、映画『100日間生きたワニ』にはついてくる。そこではワニとある意味で正対するキャラクターが登場しては、ワニに対して抱いた好感とは真逆の感情を引き起こさせる。あまりに急な展開で、そして強烈な展開であることも、気持ちの切り替えを許さない。もしも展開がもう少しゆっくりしたものだったなら、心も整理されて戸惑いも覚えなかったかもしれない。現実の生活も、何年かかけてゆっくりと進んでいくものだから。

 ただ、『100日間生きたワニ』はフィクションだ。現実の時間を自在に操って描いては、観る人にぶつけて情動を起こさせる力を持っている。戸惑うだろうことは承知で敢えて強くて速い変化を盛り込んで観る人にぶつけ、63分という時間の中で感情に作用することを選んだ。結果としてしっかりと心に刺さる物語になった。そう思った。

 絵本のような絵が、少ないカット数で連なった紙芝居のようだといった意見も出ているけれど、簡略化された絵本のような絵だからこそ、動かして崩れないように線を保つのは難しい。それをやりとげ角度が変わっても同じキャラクターに見え続けるアニメーションに仕立て上げたのは、『伝説巨神イデオン』や『聖戦士ダンバイン』などで知られるスーパーアニメーター、湖川友謙の力だろうか。

 そうやって紡がれた安定した絵を拠り所に繰り広げられる展開は、静かで淡々としてゆったりとした間合いを持ちながらも、表情や仕草によってしっかりと心情を感じさせて目を逸らさせない。最初はゆっくりと進み、途中から間合いをつめてテンポを良くしていくことで、馴れてきた気持ちにドライブをかける巧みさは、上田慎一郎監督であり、ふくだみゆき監督の腕だろうか。

 結果、『100日間生きたワニ』は『100日後に死ぬワニ』がくれた喪失の寂寥を乗りこえさせ、邂逅の歓喜へと再び導いてくれる物語となった。観れば教えられるだろう。人生というのは逝ってしまった人のためにあるものではないことを。生きている人のためにこそ人生というものはあるのだということを。(タニグチリウイチ)

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