タイトルなし

パイサーン師の説法~期待なき修行とは?(9終)なんで怒りに気づいているのに、去っていかないのだろう?



タイ仏教に関する説法を
日々少しずつ訳しています。


説法は、おなじみ森の寺スカトー寺の住職
パイサーン・ウィサーロ師の説法です。

説法のテーマは

「期待なき修行とは?」

です。

今日でこの説法は最後になります。
最後の部分のタイトルは

「なんで怒りに気づいているのに、
 去っていかないのだろう?」

です。

 このnoteをお読みくださっている方は、
ご自身でも瞑想修行に取り組んでいらっしゃる方が
多いかと思います。

 修行に取り組んでいくと、
生じてくるテーマの一つが、この
結果に期待せずに、修行を行う、ということですね。

 そのことについて、たっぷり30分以上
パイサーン師のわかりやすい解説が続きます。

皆さまの修行のお役に立てれば
嬉しいです!

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