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「大岡越前」と祝儀能

「大岡越前6」が始まった。なんか、ちょっと変わった、と思わざるをえない。内容というか、つくりそのものが、少し軽めの雰囲気になったような気もする。シリーズも六作目ともなると、いろいろと不安な要素は目についてくるものである。雪江の父・吉本作左ヱ門(寺田農)や忠相の母・妙(松原智恵子)、そして村上源次郎(高橋長英)といったところは、やはりかなり歳を取られたなあと感じる。人気のシリーズが続いてゆくことは、良いことだが、主要なキャストを同一の演者でどこまで続けてゆくことができるのかという部分では、ちょっとした心配もついて回るようになる。そして、今シリーズでの最も大きな変化といえば、かつては寺田農の付き人であった椎名桔平が、新たに八代将軍・徳川吉宗を演ずるようになったというところか。やはり。初代(平岳大)は、将軍の浮世離れした天然さ加減をよく表現できていたが、そのあたりはちょっと薄れたようにも感じる。吉宗が、ようやく威厳のある将軍らしい将軍となってきたということであろうか。シリーズの冒頭、新しく生まれ変わった将軍のお披露目を兼ねた、江戸城本丸南庭での祝儀能が催されていた。祝儀能とは、将軍家に祝い事などがあった際に江戸城内で開催される能の特別興行で、今回のドラマではその祝儀能の初日の町入り能の様子が描かれている。町入りというのは、つまり、町のものが城に入るということ。各国の大名や旗本など多くの賓客を集めて何日間にも渡って執り行われる祝儀能の初日は、特別に町人たち(城下の名主や家主)も江戸城内に招かれて、能を見物することが許可されたという。士農工商の時代の町人たちにとっては、ある意味では天地がひっくり返るようなお上公認の一大無礼講イヴェントであった。南町奉行所の下級の岡っ引たちも、手頃な古着の裃を買ってきて、そこに適当な紋を糊で貼り付け、家主から譲ってもらった鑑札を持って、町入り能の見物に出かけている。当初、能の舞台を見ている町人たちの背後の御殿の御簾の奥に将軍吉宗は鎮座している。しかし、何を思い立ったのか、能を見物して喜んでる庶民の反応を直接に見たいと思ったのか、吉宗はいきなりすっくと立ち上がり、御簾の外に出て、お庭のそば近くにまでずんずんと歩み出てくる。その将軍の姿を間近に見て、町人たちはもう能の舞台などそっちのけで後ろを振り返って、やんややんやの大盛り上がり。江戸っ子たちの少々荒っぽい盛り上がり方を見て、町奉行・大岡忠相がケヴィン・コスナーばりに身を挺して将軍の身辺警護のために両手を大きく広げて立ちはだかる。そのまるで大見得を切るような越前の芝居がかった姿を見て、さらに江戸っ子たちはやんややんやの大喝采をおくる。この時に、見物客が何人も傘を頭上に振り上げている姿が目に入った。前のシーンからの流れを見ても、とても天気はよさそうな日だったのに、なぜに傘なのか、ちょっと気になった。どうやら、この町入り能の際には、見物にやってくる(ちょっと素性のわからないものも混じっているであろう)町人たちに、門をくぐり入城してきたところで(鑑札をあらためる受付などでか)一本ずつ雨傘を渡したらしいのである。これは、町人たちが能を見物する本丸南庭の白洲には屋根がないため、突然の降雨などがあった時に、その雨傘をさして能を見るようにということであったようだ。いきなり土砂降りになって、能の見物にきた千人超にもなる町人たちが、雨宿りのためにどかどかと本丸御殿に上がり込んできたら、それはそれはたまったものではなかろうから。そうなっては、どんなに大岡忠相が身を挺して止めたとしても、そういう時の江戸っ子たちの勢いは、そう簡単に止められるものではない。左様な事態の予防措置として、入城時に雨傘が配られていたのである。そして、その雨傘は、町入り能を見物した記念品として各自自宅に持ち帰ることができた。また、退城時には、菓子・饅頭や酒などもお土産として振る舞われたようだ。天気がいいのに傘と菓子と酒を持って珍妙な裃姿で歩いているおかしな奴がいたら、そいつは町入り能を見物してきた帰りだと、一発でわかるという仕組みだ。また、雨傘に関しては、それを入城時に配布した理由には、おそらくほかにも思惑があったのではないかと思われる。全員に大きな雨傘(番傘)を手渡しておけば、ほとんど両手が塞がっているので、城内で何か悪さをしようとしたり悪戯をしようとしていたとしても、そう簡単には実行できなくなる。傘をどこかに置いて、立ち止まって両手を使って何かをしていれば、それはそれで目立つことになろうから。それに、傘を持たせておけば、町人たちの汚い手で城内のあちこちをべたべたと触られて手垢などの汚れがつくのも軽減できるに違いない。このように、町人のためを思ってにわか雨対策として配布された雨傘ではあったが、町入れ能を催す町奉行にしてみれば、興行を円滑に進行するための一石二鳥にも三鳥にもなる便利グッズであったのではなかろうか。しかし、この町入れ能の機会を利用して城内に侵入した悪党の一味が、御用金三万両を盗み出す御金蔵破りを引き起こし、そこに怪しげな中川正軒(和泉元彌)の御落胤騒動なども絡めつつ、新シリーズの幕はあがることになる。


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