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♡今日のひと言♡谷川俊太郎


『ネロ  ---愛された小さな犬に』~ 二十億光年の孤独(1952)

谷川俊太郎(1931~東京・詩人、翻訳家、絵本作家、脚本家)
1952年に「二十億光年の孤独」でデビュー。以降、詩作にとどまらず、さまざまな分野で活躍を続けている。受賞作品多数。代表作に詩集「六十二のソネット」(1953)、「落首九十九」(1972)、訳詩集「マザーグースのうた」(1975)など。

ネロ
―― 愛された小さな犬に  谷川俊太郎

ネロ
もうじき又夏がやってくる
お前の舌
お前の眼
お前の昼寝姿が
今はっきりと僕の前によみがえる

お前はたった二回程夏を知っただけだった
僕はもう十八回の夏を知っている
そして今僕は自分のや又自分のでないいろいろの夏を思い出している
メゾンラフィットの夏
淀の夏
ウイリアムスバーグ橋の夏
オランの夏
そして僕は考える
人間はいったいもう何回位の夏を知っているのだろうと

ネロ
もうじき又夏がやってくる
しかしそれはお前のいた夏ではない
又別の夏
全く別の夏なのだ

新しい夏がやってくる
そして新しいいろいろのことを僕は知ってゆく
美しいこと みにくいこと 僕を元気づけてくれるようなこと 
僕をかなしくするようなこと
そして僕は質問する
いったい何だろう
いったい何故だろう
いったいどうするべきなのだろうと

ネロ
お前は死んだ
誰にも知れないようにひとりで遠くへ行って
お前の声
お前の感触
お前の気持ちまでもが
今はっきりと僕の前によみがえる

しかしネロ
もうじき又夏がやってくる
新しい無限に広い夏がやってくる
そして
僕はやっぱり歩いてゆくだろう
新しい夏をむかえ 秋をむかえ 冬をむかえ
春をむかえ 更に新しい夏を期待して
すべての新しいことを知るために
そして
すべての僕の質問に自ら答えるために

『二十億光年の孤独』東京創元社(1952)

  

↑英訳付きのバージョン

2023.11.28
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