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♡今日のひと言♡寺山修司


「さらばハイセイコー」(1974)

寺山修司(1935‐1983~青森・歌人、詩人、劇作家、演出家、映画監督)
俳句を中心として文学活動を始め、短歌に転じて1950年代後半には前衛短歌の代表的歌人となった。1960年頃より演劇に進み、1967年には劇団「天井桟敷」を結成し、市街劇など多彩な実験演劇を展開した。代表作は叙事詩「地獄篇」、放送劇「山姥」、戯曲「毛皮のマリー」、映画「田園に死す」など。


「さらばハイセイコー」

ふりむくと
一人の騎手が立っている
かつてハイセイコーとともにレースに出走し
敗れて暗い日曜の夜を
家族と口をきかずに過ごした
 
ふりむくと
一人の新聞売り子が立っている
彼の机の引き出しには
ハイセイコーのはずれ馬券が
今も入っている
  
ふりむくと
一人の少年工が立っている
彼はハイセイコーが勝つたび
うれしくて
カレーライスを三杯も食べた 
 
ふりむくと
一人の失業者が立っている
彼はハイセイコーの馬券の配当で
病気の妻に
手鏡を買ってやった 
 
ふりむくと
一人の足の悪い車椅子の少女がいる
彼女はテレビのハイセイコーを見て
走ることの美しさを知った
  
ふりむくと
一人の酒場の女が立っている
彼女は五月二十七日のダービーの夜に
男に捨てられた
  
ふりむくと
一人の親不孝な運転手が立っている
彼はハイセイコーの配当で
おふくろをハワイへ
連れていってやると言いながら
とうとう約束を果たすことができなかった
  
ふりむくと
一人の受験生が立っている
彼はハイセイコーから
挫折のない人生はないと
教えられた

 
ふりむくな
ふりむくな
後ろには夢がない
  
ハイセイコーがいなくなっても
全てのレースが終わるわけじゃない
  
人生という名の競馬場には
次のレースをまちかまえている百万頭の
名もないハイセイコーの群れが
朝焼けの中で
追い切りをしている地響きが聞こえてくる