トム・ヒドルストンが髭を剃らない話

 トム・ヒドルストンがヒゲを剃らない。
 ついでに言えば髪も切らないし、常にメガネをかけている。

 トム・ヒドルストンとは誰ぞやと思っている方にご説明申し上げると、トム・ヒドルストン略してトムヒとはこの世で最も完璧に近い人間だ。
 ケンブリッジ大学をダブルファースト(日本でいう首席に近いものらしい)で卒業後、倍率二百倍とも言われる演劇学校のRADAに進学し、四・五ヶ国語を操り、言うまでもなく容姿端麗で運動神経も抜群。血統主義みたいなことは言いたくないけれど、母方には貴族の血を引く親戚もおり、幼少時より超名門のドラゴンスクールからイートン校に進んだ、まさにエリートである。

 これだけ全てを持っていれば、日本でも東大生というだけで他人をゴミ扱いする人間もいることだし、よほど性根が曲がってでもいなければ釣り合いが取れないと思うだろうが、なんとこの人めちゃくちゃ性格も良いのだ。
 レッドカーペットで寒がる女性レポーターには自分のジャケットを、彼を見るために何時間も待っていたファンには手にキスを。もはや昨今の少女漫画にすら出てこないレベルの王子様である。ファン間でのあだ名はリアルディズニープリンスだ。本心は鬱陶しいであろうパパラッチに対しても実に丁寧に対応し、この情報社会では珍しいほどに悪い噂が全くない。

 その彼がヒゲを剃らない。
 オフになるとクマのごとく顔の毛がもじゃもじゃになるのは海外俳優あるあるだが、トムヒはと言うとマナーだと思っている節があるのか、プライベートであっても、無精髭以上の状態で写真に撮られた試しは今まで一度もなかった。メガネをかけている姿は度々見かけていたけれど、プレミア等のイベントではほとんど必ず裸眼だったし、髪も短めに整えられていた。

 たぶん、仕事以外で注目を浴びるのに嫌気がさしたのだと思う。開始当時は楽しそうだったSNSも二年前から音沙汰がなくなり、インタビューでもだいぶ笑顔が減った。大人気歌手テイラー・スウィフトと付き合って、それまでは彼をそれこそ神のごとく崇め奉っていたファンたちが、一斉に手のひらを返したのがきっかけだったように感じる。「インターネット中の彼氏」とまで呼ばれていたから、問題児の彼女との交際が“私だけの完璧な王子様”というファンタジーをぶち壊してしまったのが許せなかったのだろう。

 思うに、どこまでも優しいトムヒのことだから、ファンたちに妙な幻想を抱かせてしまった自分も悪かったと考えたのではなかろうか。あれは、最低限の清潔感を失わない程度にヒゲと髪を伸ばしっぱなしで楽をして、メガネであの綺麗な顔を隠し、自らもひとりの人間であるとアピールしているのだ。

 でも、そもそもこんな分析をしている時点で、わたしは彼をただの人とは見ていない気がするし、ファンは(わたしも含めて)今の彼を「かわいい」と、プリンスチャーミングの座から微塵も外す気配がない。好きだという気持ちが消えない限り、彼は我々の完璧であり続けるのだろう。トムヒがヒゲを剃る日はなかなか来ない。

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