見出し画像

(美大日記⑮)新歓コンパの夜/翌日の七尾。

2000年代。まだ新幹線が開通する前ののんびりした石川県金沢市で、美大に通いながらひとり暮らししていた日々を綴った『美大時代の日記帳』。

プライバシー配慮のため、登場する人物・建物名や時期等は一部脚色しておりますことをご了承ください。

それでは、開きます。

新歓コンパの夜

新入生歓迎会、通称・新歓コンパ。
その日は春だというのにとんでもなく暑くて、慣れないスーツに身を包んだ2年生たちは、揃って自転車にまたがり汗だくになって会場を目指した。

私の属する油画専攻の新歓は毎年、2年生が自分と同じ出席番号の新入生を仮装させるという謎の伝統があり、私は自分の担当の女の子に、手持ちのデニムワンピースと姫ちゃんのリボンのようなでっかい赤リボンを手縫いして頭に着けて、アリス風の装いになってもらった。すごくかわいかった。
円卓にくじ引きで1~4年生、そして院生と教授もバラバラになり座る。が、席がまったく足りず、2年生は全員立っての参加。原因は、事前に集めた出席表にマルをつけず勝手に来た自由人がたくさんいたせいなのだが、幹事であるクラスメイトのA子は、責任を感じてかなり落ち込んで、罪滅ぼしのつもりかなぜか私にコーラを奢ってくれた。

たしかに、1年生たちの可哀そうな一発芸大会(←去年はこれをやりたくなくて自分は不参加だった。)をゆっくり座って観賞することは出来なかったが、同じテーブルの先輩に気を遣わず、誰かが集めてくれた食べものを気楽につまんだり自由にできて私はじゅうぶん楽しかった。

しかし、1次会ですでにそんな状況だったため、より狭い店を予約していた2次会では今度こそ2年生は店のなかにすら入れず、完全にあぶれた。飲み屋ビルの狭い通路にひしめきぼんやりしている私たちを見かねて、急遽、1年のとき私たちを担任してくれたS先生が先導し、2年生だけぞろぞろと、繁華街・片町を離れ先日花見をした犀川へと歩いて移動した。

コンビニで多少の酒とつまみを用意して、2年生だけの真っ暗闇2次会。
ほんとうなら現在の教え子たち(新1年生)のそばに居るべきだろうS先生が、ずっと私たち2年生の面倒をみてくれて、ほろりと感動。風は強いが気温も夜になってさがり、川沿いの空気はとても心地よかった。

金沢の街は、昼と夜とでまったく印象が変わる。
昼間は常に閑散とし、行き交う人も少なくて「ほんとに繁華街かココ?!」と心配になるほどなのに、夜は別物のように、きらびやかに変身し片町のスクランブル交差点も人で溢れかえることを、金沢生活2年目にしてようやく知った。

3次会に流れる一部の人たちと別れ、私と数人のグループは午前5時まで開いている片町のミスドで、水商売の人の雰囲気が濃厚に漂うなかでコーヒーを飲み、午前1時半頃に解散した。


翌日の七尾。

そんな翌日の、朝である。

しっかり目覚ましを複数セットした甲斐あって、ちゃんと起きられた。身支度をし、昨夜の1次会場の駐輪場にとめっぱなしだった自転車を取りに行くと、きのうはたくさんあった自転車がキレイになくなり、小雨のなか、私の水色自転車だけがぽつんと主を待っていた。

事の始まりは2年生になってからの担任・M先生のひとこと。石川県の七尾市でやっている、長谷川等伯の国宝《松林図屏風》(東京国立博物館蔵)の展示を皆で観に行こう、という提案だった。20人以上だと、割引になるらしい。
ところが行く日はなんと新歓の翌日。
ちょうどその日、美術館で講演会があるとのことでそうなったのだが、そんな日に20人なんて到底集まらず、発起人のM先生の他には、1、2年生が数名だけ待ち合わせ場所に来た。
七尾に向かう電車のなかで「他の子は来ないって?」とクラスメイトのHさんに尋ねると、
「さっきメールが入って、今から5次会行くとこだって」。
唖然。

1時間半くらいかけ、石川県七尾市にやっと到着。金沢よりも駅前が淋しい。地元・名古屋にもある「ユニー」がぽつんと目の前にあるだけ。
他にないので、そのユニーに入り、昨夜も食べたのにまたミスド。12時間のうちに2度もミスドに入るとは…。
100円バスに乗り、石川県七尾美術館に着くと看板の前で皆と記念撮影。こじんまりした作品点数だったけれど、さすがは国宝。結構な人だかりで作品の全体が見えないほどだった。
代わりと言ってはなんだが、《松林図屏風》がプリントされた渋い巾着を売店で買う。カッコいいので同じ図柄がプリントされたTシャツも買おうかと手を伸ばしかけたが、「Tシャツはやめておけ。」とMちゃんに止められてやめた。

目当ての講演会も行ってはみたものの、混み過ぎて誰がしゃべっているのかすら見えないほどで、頑張る友人たちをよそに、私は早々と抜けて出した。
美術館が、数少ないこの町の盛り場なのかなと思うほど、美術館の建物の外にはたくさんのテントが並び、手作りパンなどの食べものやお土産物屋が充実していた。
講演会をリタイヤしてベンチに腰かけぼーっとする私とUさんに、同じくリタイヤしたM先生が加わり、アイスを奢ってもらった。

駅に戻るとちょうど電車が来たところ。
皆急いで切符を買っていたが、私とUさんとMちゃんは、せっかく1280円もかけて七尾まで来たのだからともう少しここにいることにした。
といっても、やはり何があるわけでも無さそうなので先ほど入ったユニーにふたたび入り、店内をぶらぶらするだけ。結局皆が帰った電車の1時間後の電車で金沢へ帰った。
ボックス席で向かい合い、しばらくはおしゃべりしていたがいつのまにか皆すっかり、寝てしまう。

窓の外では田んぼの風景が延々と続いていた。





今週もお読みいただきありがとうございました。皆様もそれぞれの職場で、今年は新歓的な催しが久々にありましたでしょうか。先回の「美大日記」も花見コンパでしたが、まだまだこの後も、イベントが続きます。
若き日の思い出。

◆次回予告◆
『接客業のまみこ』㉝㉞

それではまた、次の月曜に。


*前回の花見コンパ話はこちら↓


*その他バックナンバーはこちら↓


この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?