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(短編エッセイ)消えたます寿司/素敵な木曜日

表題イラスト/©宇佐江みつこ


消えたます寿司

富山で美術館を5つハシゴし(『ArtとTalk㉜』参照)、日帰りで名古屋へ戻った時のこと。しらさぎ号が駅に着き、バスターミナルのトイレに寄って、家路に着いた。
時刻はすでに夜11時。
母がまだ起きていて、「お疲れさん。アレ買えた?」と訊く。
「もちろんだよ~。さすが本場だからめっちゃ沢山種類あったわ~」と言いながら、私は肩からおろしたトートバッグの隣を手で探った。と、その手が空振りした。
土産物を入れた紙袋が、ない。

え?と慌てて見るも、そこにあるのはどう見ても、トートバッグだけ。私と共にしらさぎに揺られ、北陸富山から尾張名古屋までどんぶらこと運ばれてきたはずの土産物が、忽然と消えていた。中身は私と母の大好きな富山名物「ます寿司」と、初めて買い食べるのを楽しみにしていた「おわら玉天」という銘菓。
そう、先ほど寄った名古屋駅のバスターミナルのトイレに、置き忘れてきてしまったのである!

おのれのミスで充実した旅の後味が台無しになり悔しくて眠れない(眠ったけれど)夜を明かした翌朝、まず市バスの落とし物案内所に電話した。
届いていない。
いてもたってもいられず、片道40分かけて名古屋駅まで行き、昨夜のトイレを直接確認するも、個室にも、流し台にも姿無し。名古屋駅全体の忘れ物案内所をJRの駅員さんに教えてもらい、そこでも尋ねてみるが、届いていなかった。
肩を落とし、手ぶらで家にトンボ帰り。執念深い娘を横目にクールな母は「もう、今頃誰か食べてるわます寿司。」とつぶやく。

そんなことある~?と思ったけれど、ヘタに捨てられるよりは、誰かがおいしく食べてくれたほうがます…いや、マシか……。はああああああ。
しかし諦めきれない私は、朝に電話した市バスの担当者が「拾得物は夕方5時にまとめて締め切るので、昨夜失くしたなら、今日の夕方こちらに届くかもしれません」と言っていたのに一縷の望みをかけ、夕方再度電話した。けれどやはり、
「届いてないですねえ…」。

ああ、もう無理だ。さようなら私のます寿司、と心中で別れを告げていると電話口のおじさんが「もしかしたら、お手洗いを清掃管理している防災センターにあるかもしれませんよ」と教えてくれたので、一応、言われた番号にかけてみた。明るい女性の声が応答する。
「落とし物の中身はなんですか?」
「富山のお土産で、あの、魚の絵が表に描かれたます寿司と、箱入りのお菓子なんですが…」
「それでしたら、こちらでお預かりしていますよ」

まーーーじーーーーかーーーーーーっっっ。

ダッシュで本日2度目の名古屋駅へ。電話で案内された「防災センター」を探すと灯台下暗し、昨夜、私がお土産を忘れたトイレのすぐそばにあった。しかし、人間というのは誠に勝手な生き物で、喜びの再会が約束された途端急にふと「ところでいったい、トイレの個室の棚に何時間放置されていたのだろう私のます寿司は……。賞味期限はまだのはずだが、衛生的に大丈夫だろうか……」とシビアなことを考えながら扉を開けた。
先ほど電話に出た女性(警備服がブランド服に見えるほど見目麗しいお嬢さん)がカウンターにいて、
「昨夜、11時頃清掃に入った者から届きました」
と言う。驚くことに、私が置き忘れてから1時間も経たないうちに回収されていたのだ。しかも、
「箱を見たら、お菓子の方に『卵』って書いてあったので、念のため冷蔵庫で保管させていただきました」
と、しっかり保冷され、袋も買ったばかりのようにピンとした土産物が私の目の前に差し出された。

ああ、日本ってすばらしい!!

元はこちらの不注意なのに、防災センターだけでなく、問い合わせに対応してくださった各所の皆さんはどこまでも丁寧で親切だった。全国の拾得物預かりに携わる部署の方々に、深々とお辞儀したい……と感謝しながら、その夜、おいしいます寿司を母とぺろりと平らげた。


素敵な木曜日

木曜日が好きだ。

なぜだか理由はわからないし、今まで考えたこともなかったけれど、疑問を持つのも縁なので(そうか?)ちょっと考えてみたいと思う。

他の記事でも何度か書いたけれど、私は社会人になって以降、会社員時代のわずかな研修期間を除いてはずっとシフト制で働いてきた。つまり、いわゆる「華金」とか「サザエさん症候群」とかいう曜日感覚がまったくない。

敢えていえば、今勤めている施設は月曜休みなので、毎週月曜はほぼ休みである(なのでnoteの更新も月曜日)。が、かといって月曜はさほど好きではない。なぜなら世の中のサービス業、たとえば美術館も美容院も図書館も水族館も、月曜休みが圧倒的に多く、休日の過ごし方が限定されてしまうからだ。
では火曜日は?
スーパーの安売りが多い曜日だが、今は買物する機会自体が少ないので気にならない。水曜日もとりたてて印象はない。そういえば、以前は映画館の多くがレディースデーを木曜に設定していることが多く、その点は木曜日が嬉しかったが、今現在はそのサービスがほとんど廃止されているし、それだけが理由とも思えない。
金曜は、仕事はさほど忙しくないが週末に備えて、準備や引継ぎが多く雑務が増えてなんとなく気ぜわしい。金曜ロードショーは好きだけれど。そして土日は、サービス業に勤める者にとっての正念場である。逆にいえば、それを乗り越えての月曜休みは現実的に有難くはあるのだが。

では自分が生まれたのが木曜日?
いや違う。私の生まれは土曜日だった。

やっぱり考えてもわからない。けれどスケジュール帳を開き、木曜の欄が非番になっていると何かとてもいいことがありそうな予感がする。取り立てて思い出に残るほどでもないけれど、小さなラッキーが過去の木曜に多くて無意識のうち「木曜は自分的ラッキーデー」という認識が備わっているのかもしれない。とはいえ、昨年度の手帳をめくってみても、特段木曜にラッキーは起きていないのだが…。

これを書いている今日も、実は木曜日。なんの根拠もないけれど充実しそうな予感がしている。





今週もお読みいただきありがとうございました。前半で書いたお土産エピソードに登場したます寿司。金沢に住んでいた頃からの大好物です。今回、無事食べられた富山銘菓「おわら玉天」という、ひとくちサイズの卵焼きみたいなふしぎなお菓子も絶品だったので、ぜひ富山に行かれたら、見つけてみてください!

◆次回予告◆
何を書くか悩み回。

それではまた、次の月曜に。


*冒頭で紹介した旅はこちら↓


*宇佐江みつこの短編エッセイ。その他はこちら↓


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