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【小説】『祈りの雨』

祈ったって、何も変わらないのだ。

私は唇を噛み締めて、押し入れの中で膝を抱える。

真っ暗かと思いきや、締め切った押し入れは案外隙間からの光があって、薄暗い。

ーー反省が終わるまで出てこないこと。

と言われて、押し入れに閉じ込められた。

反省なんかするもんか。

立て付けの悪い家だから、押し入れの戸もぴったりとは閉まらない。

うっすら斜めに口を広げた隙間から、爪を引っかければ、この押し入れだって、内側から簡単に開くだろう。

自力での脱出も可能だ。

反省が終わるまでって、反省しなきゃならない理由が分からないし、自分から反省しましたなんて言って、出ていくのはもっと癪に障る

ーー強情な子だね。

ーーそんなふうに親を睨むもんじゃないよ。

たかが、妹のアイスを食べたくらいで。それを「ちゃんと」謝らなかっただけで。

いつも私のゼリーも、アイスも食べてしまうのは妹じゃないか。

半分だけ残された、食べかけのゼリー。溶けかかった半月型のアイス。

ーー半分残っているから、いいじゃない。

ーーいつも半分こして、ちゃんとお姉ちゃんの分だって分かってる。

ーー妹を見習いなさい。

誰が食べかけのゼリーやアイスが食べたいのか。

今日はたまたま妹より先に、おやつのテーブルにつけた。

久しぶりに出会う、まだ封が空いていないアイス! 溶けかかっていないアイス!

嬉しさのあまり全部食べてしまったら、今押し入れにいる。

私は後悔してない。

反省もしない。

するつもりもない。

お姉ちゃんが、私の分まで食べちゃった!

わんわん泣く妹を見て、少しだけ心が傷んだけど、本当はざまあみろと思った。

食べかけのアイスじゃなくて、今頃新しいアイスを買ってもらってるんじゃないの。

逆にハッピーじゃないの。

半分こじゃなくて、丸々一個アイスが食べられて。

あまりの皮肉に、笑うしかない。

押し入れは少しカビ臭くて、湿っぽくて、ごちゃごちゃ詰め込まれた雑多なものたちで、居心地が悪い。

ドラえもんの押し入れみたいに、布団しかなかったら、お昼寝に最適なのに。

あーあ、と私がため息をついた時、押し入れの戸が、遠慮がちに少しだけ開いた。

小さな妹の目がその隙間から覗いた。

「なに?」私が反射的に睨むと、妹は泣きべそをかくように、ひっと息を飲んで

「お母さんが怒っていないから、もう出てきなさいって」

と言った。

腹を抱えて笑うとは、このことだと思った。

私は母親が怒っているから、押し入れにいるのか。

違うだろう。

妹の分のアイスまで食べてしまったから、押し入れに「折檻」として押し込められているのではないのか。

「別に困ってないからって言っといて。反省もしてないし」

「でも、お母さんが……」

「もういいから、どっか行ったら?」

母親の言いつけを遂行できない妹はオロオロと、背後と私を見比べて言い募る。

「でも……」

母親はそこにいるのか。

卑怯なやつ。

わけも分からない妹を使って、配慮してくれたつもりか。

許してあげようってか。

ひょこひょこ出て行って、「もうしません」なんて言うのか、私?

絶対ごめんだ。

丸々一個のアイスがあったら、私は次も全部食べるだろう。

「はい、さようなら」

私は妹の目の前で、押し入れの戸をぴしゃんと閉めた。

そのうち、眠くなってうとうとしたのか、気づくと押し入れの中は、本当に真っ暗だった。

お尻も腰も、狭いところでずっと縮こまっていたからか、肩も背中も痛い。

そろそろと押し入れの戸を開けて、外を確かめてみる。もう夜だった。

居間の方から、夕飯時の音と、テレビの音が聞こえた。

ああ、本当に。祈っても意味ないな。なにを祈るのかも分からないけど。

部屋に誰もいないのを確認して、押し入れから這い出て、体を伸ばす。

こんな家に生まれた自分が、不幸なのか。

へそ曲がりで、強情な自分が悪いのか。

妹の分までアイスを食べてしまう、いぎたない子供の自分は、悪い子なのか。

だから反省しなくてはならないのか。

気がつけば、押し入れに入れられた時は晴れていたのに、窓の外は雨が降っている。

真っ暗な部屋の中、込み上げてくるのは、なんの感情か。

遠くに聞こえる夕食の音が、雨音に混じって、鈍く聞こえてくる。

妹の弾けるような笑い声と、母親の応じる声。

私が押し入れに入れられた後、妹はアイスを食べたのだろうか。

そんなことを気にする自分は、本当に嫌な子だと思った。

私は素直ないい子になれるでしょうか。

お母さんが喜ぶような子供になれるでしょうか。

雨は、いつしか私の上にも降ってきていて、頬を濡らす。

誰にも聞こえない小さな祈りが、胸の中で、小さな水たまりを叩く。

ーーー
山根あきらさんのお題「# 祈りの雨」に参加します。

【今日の英作文】
それは私の故郷の特産品です。
It's a specialty of my hometown.

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