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ディズニーは『リトル・マーメイド』からブロードウェイの手法を取り入れた!? ② ディズニー・ルネッサンス期の映画はそれまでの作品と何が違うのか

先月観に行った、ディズニー・オン・クラシック2023。
今年はディズニー創立100周年ということで、これまでの映像や音楽を楽しみながら100年の歩みを振り返るプログラムが用意されていました。
そこで、1989年の『リトル・マーメイド』に始まるディズニー・ルネッサンス期の作品について、司会の方から「ディズニーは、長編アニメにブロードウェイの手法を取り入れた」という説明があり…

「ブロードウェイの手法」とは何のことで、『リトル・マーメイド』以降の作品はそれまでの作品と何が違うのか?
『白雪姫』等の初期の作品と比べながら考えていきたいと思います。

【「ディズニー・オン・クラシック 〜 まほうの夜の音楽会2023」について書いた記事はこちら】


そもそもブロードウェイ・ミュージカルとはどういったものなのか? 草創期のミュージカルと初期のディズニー・アニメーション

ここで言う「ブロードウェイ」とはもちろん「ブロードウェイ・ミュージカル」のことですよね。
一般的にブロードウェイとは、アメリカ、ニューヨークのマンハッタンにある劇場街のことで、そこには約40のシアターが立ち並んでいます。

ミュージカルはこの地で生まれたものですが、そのルーツはヨーロッパのオペラにありました。
そもそも、演劇と音楽を基調とした豪華な舞台芸術であるオペラは、貴族を対象とした贅沢な娯楽でした。ところが18世紀頃から、イタリアのオペラ・ブッファやフランスのオペラ・コミック、オペレッタなど、庶民にも親しみやすい題材を取り上げ、喜劇化したものが流行します。
これがアメリカに渡り、アメリカ的文化と合わさって誕生したのがミュージカルというわけです。

ところでウォルト・ディズニーがスタジオを立ち上げた1923年はどんな時代だったのでしょう。
1920年代のアメリカでは、第一次世界大戦後の好景気に沸く中、大衆文化が花開き、人々は戦争の反動から娯楽を求めるようになりました。自動車、ラジオ、ジャズ等が一般に広まったのもこの頃です。そのような時代において映画やミュージカルは、発展の可能性に満ちた新しい文化として存在していたのです。

ウォルトは1928年に、初めてミッキー・マウスが登場する短編アニメーション『蒸気船ウィリー』で、効果音や音楽などのサウンド・トラック方式を取り入れ好評を得ます。
世界初の長編トーキー映画『ジャズ・シンガー』が作られたのがこの前年だったことを考えると(それまでの映画は、映像のみのサイレント映画が主流で、台詞や音楽は上映時に俳優らがその場であてるものでした)、ディズニーの取り組みは、単にアニメーション業界にとって画期的だっただけでなく、映画界全体にとって先進的なものだったことがわかるでしょう。

ウォルトはその後、いくつかの短編映画をへたのち、世界初の長編カラーアニメーションに挑みます。
1937年に公開された『白雪姫』は今観てもその質の高さに驚きますが、当時の観客も驚きと感動をもってこの作品を迎えました。
それまでのアニメーションはいわゆるドタバタ・コメディのようなものしかなく、そのため、せいぜい7分程度の短い時間しか保たないというのが一般的な見方でした。アニメーションはストーリー・テリングに向いていないと考えられていたのです。
ところが、アニメーションの可能性を信じたウォルトはドラマチックで感動的な物語を創り上げ、後進に大きな影響を与えます。

『白雪姫』の価値はそれだけではありません。『白雪姫』は音楽を物語に組み込んだ最初の作品だとも言われています。
…「音楽を物語に組み込む」とはどういうことなのか、ちょっとピンと来ない方が多いかもしれませんね。下記はWikipediaからの引用になりますが、

当時のミュージカル作品は大規模なプロダクション、目新しさ、盛大なダンスを特徴とし、脚本はユーモアが重要でドラマチックな展開は少なく、曲は物語の流れを分断していたのである。

Wikipedia「オクラホマ!」

ということで…。舞台のミュージカル作品においても、もちろん映画においても、当時挿入されていた音楽は物語を伝えるのに十分機能していなかったことが窺えます。
ところが『白雪姫』を観てみると、その音楽が物語と独立したものではなく、むしろ物語の流れに溶け込んでいることがわかります。私たちが白雪姫の心情を理解したり、小人たちが働く様子を楽しむ助けをしてくれているのです…!
白雪姫が「♪  Someday day my prince will come…(いつか王子様が…)」と歌えば、観客も、彼女が王子さまに恋していて、再会を心待ちにしていることが理解できるのですから。

こうした音楽の使い方は、一般的には1943年のミュージカル『オクラホマ!』が初めてだと言われていますが…ディズニーはこの6年も前に『白雪姫』で取り入れていたのでした。

それまでの作品と『リトル・マーメイド』との違い 『リトル・マーメイド』以降の音楽の二つの特徴

さて、ここまで見ると、ディズニーは初期の頃から既にミュージカルの手法を取り入れていた(というよりむしろ、草創期のミュージカル界を牽引していた)ということがわかります。
とすれば、1989年の『リトル・マーメイド』に取り入れられた「ブロードウェイの手法」とは一体何のことなのでしょう?

歴史を振り返ると、1950年代以降、ディズニーはナイン・オールド・メンという伝説的なアニメーターたちに支えられ『シンデレラ』『ふしぎの国のアリス』『ピーター・パン』『わんわん物語』『眠れる森の美女』『101匹わんちゃん』など数々のヒット作を世に送り出してきました。
ところが彼らの引退後、特に1980年代はヒット作に恵まれず低迷期を迎えたと言われています。この時期の映画は『きつねと猟犬』『コルドロン』『オリビアちゃんの大冒険』など…。確かにあまり聞いたことのない作品ばかりです。

経営面でも危機に直面したディズニー社が次に選んだのはアンデルセンの童話『人魚姫』。
ディズニーは経営陣を刷新し、またアニメーション部門にはブロードウェイから作詞家兼製作者のハワード・アシュマン(Howard Elliott Ashuman)と作曲家のアラン・メンケン(Alan Menken)を招き、彼らに音楽を任せます。
彼らは『リトル・ショップ・オブ・ホラーズ』を成功させた新進気鋭のアーティストでした。

ここで「彼らがブロードウェイ出身だから、ブロードウェイ風のミュージカル映画になったんだ」と言ってしまえばそうなのですが…それではちょっと説明が足りないような気がしますよね。

というわけでもう少し深く知るためにDisney +の『リトル・マーメイド』の特典映像からいくつか引用してみましょう!(なお、Disney +には特典映像が付いている作品が多く、解説や制作秘話、ボツになったシーンなどが公開されているので、それだけでも加入する価値があるかもしれません…!)

①  物語を伝え、進行させる曲
特典映像の「メイキング・オブ『リトル・マーメイド』- 第3幕 ブロードウェイが映画に」の中でハワード・アシュマンは

物語を伝え、進行させる曲を作りたかった。
歌によって話の筋を進めていくんだ。

Disney +『リトル・マーメイド』特典映像
「メイキング・オブ『リトル・マーメイド』
– 第三幕:ブロードウェイが映画に」

と語っており、またアリエルの声を担当したジョディ・ベンソン(Jodi Benson)は

ミュージカルのような新しい方式だった。…(中略)…
アリエルはフランダー(注 アリエルの友達の小さな魚)に宝物を見せながら“これを見て…“と歌が始まる。会話そのものから歌が生まれるの。そして曲に乗せて彼女の気持ちが語られる。

Disney +『リトル・マーメイド』特典映像
「メイキング・オブ『リトル・マーメイド』
– 第三幕:ブロードウェイが映画に」
主人公アリエルのテーマ・ソングとも言える
「パート・オブ・ユア・ワールド」について
語った言葉

と話しています。
この「物語を伝え、進行させる曲」「会話そのものから歌が生まれる」というのが重要なポイントなのではないかと思うのです。

例えば『白雪姫』の有名な歌で「いつか王子様が」というのがありますよね。
小人たちに「恋の話をして」とせがまれた白雪姫が語り出す素敵なシーンの歌です。
これも会話の自然な流れから「♪ Some day my prince will come…」と始まり王子様を心待ちにする白雪姫の心境が表現されるのですが…。ヒロインの性格や心情を表す挿入歌としては素晴らしいけれど、この間物語の進行はストップしているように感じられます。歌が終わり時計が鳴ってようやく「まぁ大変。もう寝る時間よ」と、話が動き出すのです。

一方『リトル・マーメイド』では歌の中で会話や物語が進行していきます。
わかりやすいのが海の魔女・アースラがアリエルを誑かすシーン。
「哀れな人々」を歌いながらアリエルを誘い、そそのかし、契約を迫り、ついにアリエルが美しい声と引き換えに変身してしまうところまで音楽が続くのです。

1991年の『美女と野獣』の冒頭のシーンはもっと顕著です。
プロローグが終わり、タイトルが表示されたあとヒロイン・ベルが「朝の風景」を歌いながら登場します。始まりは静かですが、「Bonjour!」と街の人々が次々に顔を出すとにわかに活気づき、「♪ There goes the baker with his tray, like always…」と歌詞が続く。単調な毎日に退屈し、何か素敵なことが起きるのを期待するベルの心境が語られます。
同時に、街の人々から見てベルが風変わりな存在であることが示され、おまけにベルとの結婚を狙うガストンの野心まで明かされる!
まさに会話から歌が生まれ、音楽と共に物語が進行していることがわかります。

②  芝居・歌・ダンスが一体となった舞台のような演出
もう一つ、『リトル・マーメイド』以降の作品を観て気付いたのは、登場するキャラクターたちが自ら演奏したり踊ったりするシーンがあることです。

『リトル・マーメイド』で言えば「アンダー・ザ・シー」や「キス・ザ・ガール」、『美女と野獣』では「ひとりぼっちの晩餐会」、ちょっと毛色は違うけれど『アラジン』の「フレンド・ライク・ミー」や『ライオン・キング』の「早く王様になりたい」も該当するでしょうか。

従来のディズニー・アニメにも歌やダンスのシーンはありました。
ですがそこでは、例えば『白雪姫』の小人たちとのダンス・シーンだったり、『ピーター・パン』のインディアンたちとの宴のシーンだったりと、登場人物たちが物語の中で実際に歌やダンスをしているのです。

それに比べ『リトル・マーメイド』以降の作品では、歌やダンスを繰り広げる魚やポット、動物たちなどのキャラクターは、物語の登場人物(そもそも皆「人物」ではないのですが)というよりは、ミュージカルにおけるバック・ダンサーやバック・ミュージシャンのような役割で、演出の側から主人公(と観客)を楽しませようとしているように映ります。

「ブロードウェイの手法」として一つ目にあげた音楽の特徴は、物語を進行させるものでしたが、ここでの音楽は逆に、物語から少し外れた余興のようなものだと言えるでしょう。

演劇の中に劇中歌を入れただけでは、ミュージカルにはなりません。
芝居や歌、ダンスが一体となって劇的効果を高めているものをミュージカルと言うならば、ディズニーのこうした演出はまさにミュージカル的だと言えるのではないでしょうか。
ブロードウェイ・ミュージカルは、その誕生の頃はストーリー性が軽視され演出の華やかさばかり注目されがちでした。しかし、『リトル・マーメイド』に始まるディズニー・ルネッサンス期の作品を観ると、ブロードウェイの手法によって、物語のドラマと演出の華やかさの両方が活きていることがわかります。

最後に…

1994年、ディズニーは『美女と野獣』でブロードウェイに進出し、その後も『ライオン・キング』や『リトル・マーメイド』、『アナと雪の女王』…と続きました。

ブロードウェイ・ミュージカルとディズニーはその始まりの時から、互いに刺激を与え合い切磋琢磨してきたように思われます。
現在は舞台芸術も映画も、当時よりもっと多様で複雑なものになっていると思いますが、今後も様々な形で私たちを楽しませてくれることを期待せずにはいられません。


長い記事になってしまいましたが、最後までご覧いただきありがとうございました!
なおこの記事のディズニーに関する記述はDisney+の特典映像を、ミュージカルに関する部分はWikipedia等で一般的に言われていることを参照させていただきました。

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