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市井の人々の物語

GW中に著名人の訃報が続いた。
一方的にこちらが知っているだけの有名人。当然ながら会ったこともないわけで、亡くなったことへの実感がわかないことが、たいていのことだったのだけれども。

自分も歳を重ねていくにつれ、亡くなる方の年齢と親の年齢が徐々に近づいていき、時には、親よりも自分の方が亡くなった方と年齢が近かったりして、「人って、若い頃に病気や事故から逃れて生き延びたとしても、結局は亡くなっていくんだな」という実感がだんだん強くなってきた。

今回、とりわけ、「ああ、この方もこの世を去ってしまったのか」と私が反応したのは作家のポール・オースター氏だ。
日本でいうところの村上春樹氏のような存在だろうか。出す本出す本、売れている人気作家ですね。

といっても、彼の作品をそれほど多く読んでいるわけでもないのだが、私が海外文学を好むのは、高校生時代に読んだ彼の作品『ムーン・パレス』の影響が大きい気がする。

もともと海外の児童文学が好きではあったのだが、大人が読む海外文学への入口が『ムーン・パレス』だったのだと思う。

私にとって、遠い国の冒険や探偵物語という位置づけだった海外文学が、
『ムーン・パレス』を機に、人間の心の中にあるもののお話、になったのだと思うのです。

海外の児童文学を好んで読んでいた頃は、何より、遠い国の暮らしの違いに興味を持ったのだった。
大人になってからは、違う国に住む人の心の共通点に興味をもつようになった。むしろ、違う生活の人の中にあるからこそ、共通点が強調されるような気もしている。


『ムーン・パレス』のほかに、彼の作品で有名なのは、やはり「ニューヨーク三部作」といわれる『ガラスの街』『幽霊たち』『鍵のかかった部屋』なのでしょうね。
ちなみに私は、そのうちの『幽霊たち』しか読んでいない。いずれ、他も読みたいとは思っているのだけれども。


私がお気に入りとして手元に置いている本は
『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』
彼が書いた物語ではないんですけどね。

『ナショナル・ストーリー・プロジェクト』ポール・オースター 編 /  柴田 元幸 他訳

これは、ポール・オースター氏が担当するラジオ番組で朗読するために、一般の人々から集められた実話たちを書籍化したものなのだ。

そこに集められたのは、
ひょっとして実話ではなく創作かもしれない、と思うほどの偶然の物語であったり。
結末やオチがついているお話もあれば、場面の切り取りだけで終わっているようなものもあったり。
当然、いい話だけでもなくて、やるせないことも、どうにもならなかったことも語られていたりする。

これらの市井の人々の物語を読んで、日常って、人生って、小説なんだなあとつくづく思ったのです。


私が大学生になった頃くらいから、誰もがネットに文章を書ける時代になって、多くの人が不特定多数に向けて、日記を書くようになった。
少し経つと、ネットに文章を書くことで収入が得られるようになって、
「有名人でもない人の日記には価値がない」と言われるようになった。

そうしたら、ネットには

誰かが誰かに何かを教えている文章や
誰かが誰かに苦言を呈している文章や
誰かが誰かの不安をあおっている文章

ばかりがあふれて、思ったことや感じたことが書いていある文章を見かける機会が減った。

それを寂しくも退屈にも思っていた中で、手に取ったのがこの本だった。
私が読みたいのは、普通の人の普通の、時には普通じゃない日常や人生である。

ラジオ番組の企画といったって、彼が作家でなければ、このような物語が集まらなかったかもしれないと思う。


これらの物語を綴った人たちの中には、すでにこの世にいない人もいるだろう。でもこの本を通して、確かにそこにいたはずの、会ったこともない普通の人々のことを時々、私は心に思うのだ。


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