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バレンタインにチョコレートを盗まれた話。

いきなりだが、私は焼き菓子が好きだ。
凝ったデコレーションのケーキや芸術品のようなアイシングクッキーも好きだが、シンプルなマドレーヌやフィナンシェは焼いていて楽しい。

私が焼き菓子を作るようになったのは小学生のときだ。
母の趣味がお菓子作りで、教えてもらいながら始めたのがきっかけだが、気付けば作ったお菓子を配り歩く子供になっていた。


毎年バレンタインになると、男女問わず私の焼き菓子を欲しいと言ってくれた。
嬉しくもあったが、お小遣から材料費を捻出するのは大分にしんどかった。
それでも楽しかったのだからしかたない。


中学にあがると、ますます私は焼き菓子を配り歩くようになった。
いつもクッキーだのマフィンだの焼き、かわいいラッピングをして、鞄に隠し持ち、友人達に食べてもらっていた。


そして二年生になった冬。


当時付き合っていた男子にチョコレートをあげることにした。


チョコレートといっても、溶かして固めたものではなく、私が選んだのはブラウニーだった。
しっとりしたチョコレート生地にオレンジが香る、当時の私が一番得意だったものだ。
私はそれを六個、二段に重ねるように箱に入れた。
他の義理チョコに比べたら箱もずっしりとしていて、誰が見ても本命チョコだった。
味に自信はあったし、きっと喜んでもらってもらえる。そう思い、学校へ向かった。


その日は朝から友人達にチョコを求められた。
当然友チョコも義理チョコも用意していたので、めちゃくちゃ配りまくった。
お菓子もらってくれなきゃイタズラするぞと言わんばかりに、一人で逆ハロウィンでもしているかのようだった。


配り歩く中で、数人に「で、本命は?持ってきた?」と訊かれた。
もちろん持ってきた、と伝えると、「鞄のなか?」と言われる。

だいたいの学校は普段お菓子の持ち込みを禁止していると思うが、バレンタインだけは見逃されるという暗黙のルールがある。
私の中学でも、当然のように見逃されていた。なんなら先生にも渡していたのだから、見逃すもなにも、公認である。

女子たち特有のバレンタインの空気を楽しみながら、私は昼休みを待った。
クラスの違う彼氏には、昼休みに渡すつもりだったからだ。

ようやく午前の授業が終わり、昼食も終えて、さあ渡しに行くぞと緊張しながら私は鞄からブラウニーの入った箱を取り出した。


そこで私は違和感を覚えた。
なぜか、少しだけ軽い。
ずっしりしていた箱が、半分ほどの重みになっていた。


そんなまさか、と思いながらそっとラッピングを外し、中を覗いた。
六個入っていたブラウニーが、三個になっていた。
よくよく見るとうまく誤魔化されていたもののラッピングを外された痕跡もあった。


なにが起きているのかよくわからなかったが、ようするに本命宛てのバレンタインチョコが半分盗まれていたのだ。


……ということに気づくまで少々の時間を要した。
だって、まさか盗まれるとは思わないじゃないか。


しかも、中身だけ。
中身の、半分だけ。


半分ならバレないと思ったのだろうか。
いや、さすがにバレるだろう。今思い返しても、あれはバレる。

とにかく彼氏には事情を話し、翌日まで待ってもらった。翌日、改めてブラウニーを渡したが、早く渡しておきたかったので、朝一に彼氏のクラスへ持って行った。


あの日、私に本命チョコのありかと中身を訊いてきた数人のなかの誰か、もしくは全員がグルだったのかもしれないが、言ってくれれば作ったのになと思う。

その時はやはりショックだったが、今思えばそれだけ私のお菓子を好きになってくれたということなんだろう。

当時の彼氏は酷い男だったので、ホワイトデーになにもお返しされなかったし、バレンタインのお礼をまともに言えもしない男だったが、盗んでいった誰かのほうが私のお菓子を喜んでいてくれていると思うと、なんとも複雑な心境だ。


今は、私が作ったお菓子を旦那さんが喜んで食べていてくれる。
ありがとうも言ってくれるし、おいしいと笑ってくれる。

もう盗まれることはないが、こっそり盗み食いをする旦那さんがとても愛おしい。


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