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いつもの居酒屋、いつもの飲み会(ショートストーリー)

「おつかれー。まだ2人か、みんな忙しいんかな。あれ、ミカちゃん髪染めた!?緑やん!」
「あ、ばれました?毛先だけなんだけどなあ」
「えっそうなん、緑?俺は気づかんかったわぁ」

いつもの居酒屋。いつもの座敷。相変わらず集まりは悪い。

「じゃ、ビール3つで」

空席が12席もある中、飲み放題を始めて良いものかと困惑する店員さんに、山田くんが「気にしないで。すぐくるんで」と慣れた様子で説明する。

まずは3人で乾杯。そのメンツだけだとまず集まることはない、少し違和感のある3人だけど、この不思議な時間も嫌いではない。職場の状況、上司の悪口と話すことはいくらでもあるから。

最初に出てくるサラダを取り分けるのは、年下でも、女性でもない。一番近くにいる人。でもそれすら最近「自分で」とみんな言うようになってきた。

その間もグループラインの通知がひっきりなしに届く。

「今出ました!」
「遅れますー」
「先乾杯しといてー」

「もう乾杯してるに決まってるやろ!」。みんなで同じ画面を見ながら笑う。

山田くんの予告通り、だいたい2、3分ごとに一人づつ参加者が増えていく。その度に髪の毛をいじられるミカちゃん。

「お疲れー!あれー緑やん緑!!」
「もうそれ、5人目。はよ座って!ビールね」
「あー違う!糖質オフで焼酎やねん!」

そして、不思議と遅れてきたメンバーは、自分より遅れてくるメンバーを悪く言う

「あれーあいつまだきてないの。そんな忙しないやろ」
「お前が言うな!」

みんな話したいことを話したいときに話して、人の話は聞いているような聞いていないような。

「あの課長やばいらしいよ」
「いや、ぼくは、奥さんのパートを否定しているわけではないねんけどな」
「この焼き鳥めっちゃ美味しい」

酔いが進むにつれ、みんなだんだん姿勢も自由になっていく。足はもとも崩しているけど、さらに机に肘をついたり、足を伸ばしたり。そしてトイレから帰ってきた一人が、気付く。

「あー近藤さんまた寝てる」
「毎回やん。寝かしといたって。お疲れやねん 笑」

宴会後半に、結局来れないと連絡して来るメンバーも。

「寺田氏、来れませんって!ぼくのラインにだけきた」
「なんでグループラインちゃうねん!」
「じゃあ、みんなで食べようぜ。支払いはさせなあかんな 笑」
「あー私その焼き鳥食べたい!」
「サラダも食べーや」
「それはいらないー」

いつもの居酒屋、いつもの飲み会、いつもの同期の姿がそこにある。

それにしても。同期って、どうしてこんなにも楽しいのだろう。

じつは、ぼくらはちょっと不思議な同期。同じ4月に入った新卒採用者と中途採用者の合計15人で、年齢差は最高25歳もある。2人だけで並ぶと、父と娘にしか見えないような「同期」もいる。

そんな陣容で、最初はみんな緊張していたけど、10年間、毎年数回「同期会」を過ごしているうちにこんな雰囲気になってしまった。

年齢差があるメンバーが集まっていたおかげかもしれないけど、最近ではなんだかこう、仲の良い親戚みんなで集まっているような、不思議な安定感すらある。

こんなに仲がいいのだけど、ぼくら同期は同じ職場に配属されることが少ない。だから、実はこのメンバー、ほとんど仕事で直接絡むことはないのである。

でも、敬語も使ったり、使わなかったり。一応お互いのことを尊重はしているけど、基本的に気は使わない。約束の時間に遅れる、途中で寝る、食べたいものだけ食べる。なんでも自由なのだ。

そして、この雰囲気を作ったのは、間違いなく、このいつもの居酒屋。

まさに「同期会」の力。

だから、宴会の最後は誰からでもなく、この話が始まる。

「でもな、中途採用も一緒にこんな同期仲いいのこの世代だけやで、ほんま」
「そやな、これも全て、毎回幹事をしてくれている山田っちのおかげや!」
「まあ、いつも酔い潰れて、会計できてないけどな」
「はぃ、ぼく今日も会計はできませぇん。あっちゃん、よろしく…」
「しゃーなしやでー!」

この話が来たら、そろそろお開きの時間だ。

「じゃあ、みんなで山田っちに乾杯しよう!」

「いやーぼくなんてぇ、企画してるだけですぅ」。みんながほとんど空になったグラスを手に取る中、あまり意識のはっきりしない山田っちもなんとかグラスを手にしながら、いつもどおり答える。

「じゃあ、山田っち!ほんとにありがとう!!」
「かんぱーーーーい!!」

今夜も、いつもの居酒屋、いつもの座敷に、いつもの乾杯がこだました。

#ここで飲むしあわせ

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