大事な人をなくすこと

学生の頃、毎日のように遊んでいた友達が1人亡くなり、
高校の頃、いつも優しかった同じ部活の友達が亡くなり、
社会人になって、仲良くなった若い子と、飲みに約束をしたまま、
その約束を果たせなくなった。

物心ついてから初めて亡くした家族は、一緒に住んでいたばあちゃんだ。
自分が社会人になって、家を出て数年、痴呆が進んでしまったばあちゃんの
頭の中からは、とっくに俺のことは消えてなくなっていた。
辛くて、悲しくて、寂しくて。
結局それから一度も思い出してもらえないまま、召されてしまった。

『亡くす』と書くと、命の終わりを指すけど、
何も、人とのつながりが消えることは、命の終わりだけではない。
ここで書くようなことではないけど、自分の過ちから、大切な人を失ったことは、
1度や2度ではない。

その罰が今自分に降りかかってきたんだろう。

1度目の結婚で、1人の人を幸せにできず、2人で苦しむだけ苦しんで、別れた。
自分には人を幸せにすることはできないし、もう同じ過ちを犯したくないし、
これ以上苦しむことはしたくなかった。
今身の回りにいる人たちと、楽しく飲んで食べて、その人たちの中にいられれば、
その人たちの記憶の中にさえ残ってくれれば、自分は幸せに人生を終えられると
思っていた。

現実はそんなにあまくはなかった。

目の前に、もう一度、人生をやり直したいと思える人が現れてしまった。
きっとこの人は、自分のことだけをずっと好きでいてくれて、幸せと安心をくれるのだと、信じきっていた。
その人も、1度目の結婚は上手くいかず、小学3年生になる子を1人で育ててきた。
そんな人の支えになりながら、この子の親になる決意をした。

両親との同居はうまくいかず、結局、隣に新居を建てる事になったが、
何不自由なく、幸せに暮らしていた。
唯一、満たせていなかったのは、そんな妻との間の子だった。
自分は、妻と1人の子さえいれば十分だった。それ以上、何も望まなかった。
ただ、妻のただ一つの希望が2人の間の子だった。

約3年、不妊治療を行い、2度の流産を経験し、結局うまくいかなかった。
その矢先、義母が自死でこの世を去った。
目の前が真っ暗になってしまった。
ただひたすら同じ方を向いて、前進してきたのに、急に行き先が見えなくなってしまった。

そんな時に授かった1人の子。
妻も私も、お母さんの生まれ変わりと思っている。
その子がかろうじて、私と妻を今、繋いでくれている。

というのも、先日、妻の不倫が発覚した。
生憎、そのお相手は、遠方の方で、事に及ぶことはなかったものの、
計画を立てている中、発覚してしまった。

妻に限ってそんなことはありえない。
自分のことをあんなに好いてくれて、海を渡ってきてくれた人。
自分が唯一、心から信頼できて、自分のことを誰よりよく知ってくれている人。
絶対にそんなことが起こるはずがないと思っていた。

ところが、相手は1人ではなかった。

自分の大好きだった人はもうそこにはいない。
同じ顔の人が、同じ家の中にいるだけで、その人は、自分を好きでいてくれたあの人ではないし、
自分が心から大好きで、死ぬまで一緒にいてくれると思っていた人ではない。

人生っていうのは、そういうものなんだろう。
自分の生き方が生んだ結果なのだろう。

あの時、夢なんて見なければ良かった。
あのまま、人生を終えておくべきだった。
そしたらきっと今頃、誰からの記憶からも薄れて、悲しみもとっくにどこかへいっていたはず。

先に亡くなっていった、友人やばあちゃんは、手を引いてはくれないだろうか。
物心つく前に亡くなってしまったじいちゃんは、当時のように可愛がってはくれないだろうか。
自分もまた、誰かの子として生まれ変わることはできないだろうか。

何も知らなければ良かった。
知らなければ不幸になることなんてなかった。
なんで世の中には、クソみたいな、猿みたいな、理性のない男しかいないのだろうか。
自分も含めて。

あの時、人生を終わらせようとしていた時、
母が助けてくれた。
もう2度と両親と会うことはないと思っていたのだが、
半ば強引に、アンジェラアキのライブに連れて行かれて、
ライブ会場で涙が止まらなかった。

今、これを書いている間も、アンジェラアキの声が聞こえて、
当時の記憶が蘇ってくる。

なんであの時、俺を助けたんだ。
終わっていれば、こんなに苦しむことはなかったのに。

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