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君はイギリスに行けばいい、僕はアメリカに行くから。

さんまさんがすごいのは、お笑い芸人であり続けていること。大物芸能人の席には座らない。「出てもええけど中川家と次課長のスケジュールおさえといてや」ってよく言う。どこまでもプレーヤー。地位や名誉や健康やお金じゃない。面白いかどうかが動機の全て。自分が面白く見えるかどうかが命より大事。入り口はお笑いなのに、コメンテーターや胡散臭い占い師やその他の安全芸人に着地する人が多い不思議な世界で、ひとり、奇特な存在であり続ける。

お笑いに正解はある。私が決まって見るテレビは「明石家電視台」と「有吉の壁」くらいで、正解かどうか、正解でないなら何が正解かを知ることができる、お笑い教育番組だと思う。特に関西ローカルの「明石家電視台」は素人相手にもスパルタ教育が繰り広げられ、そこでは、正解はないというズルいお笑いは通用しない。全国ネットのさんまさんは、どこか決定的に違う。だからあの時「誰も知らない明石家さんま」はたまたま見た。さんまさんに続く細道は、意外に近所に着いた。


薄暗い、クーラーの効いた、当時の職場の二階。時は、ずっと昔に遡る。トントントンとW先生が階段を上ってきて、白衣に着替える。大学病院の研修医だったW先生は、テニスが趣味の爽やかな青年で、きっとお父様は開業医で厳格な家庭で育ったに違いない、上品で育ちの良さが醸し出た人だった。自分に厳しく向上心の強い先生は、現状に満足せず、アメリカにオペの勉強をしに行きたいといつも言っていて、私はイギリスが好きだから、いつもイギリスに行きたいと言っていた。

ある時、「じゃあ、君はイギリスに行けばいい。僕はアメリカに行くから。」と先生が言ったのを覚えてる。一年イギリスに行ったらいくらかかるの?行っておいでよ、費用は全部貸してあげるよ、と。何百万円もの大金をポンと貸してあげるなんて、クレイジーで奇特な人だ。一体どんな親に育てられたんだろうと思ってたけど、数年前、ひょんなことから、親が開業医は見当違いだと知った。それも、テレビで。たまたま見た「誰も知らない明石家さんま」のドラマパート。


さんまさんの大恩人のヤンタンプロデューサーとの秘話。番組に迷惑をかけた、まだ若かったさんまさんを、恩人プロデューサーが深い懐で包み込む。往復置き手紙の、長く続くやり取り。VTRの終わりに、故人の奥様が、大事に残してあった手紙を自宅で探しているシーンがあった。会話の流れから、後ろに立っていた息子さんに何か言ったのが映った。W先生。階段トントンの、爽やかテニスのW先生。イギリスに行っておいでと言ったあのW先生が、さんまさんの手紙を探していた。

さんまさんのすごさに改めて気付いたのは最近だし、気付かなければ、また、たまたまその時テレビをつけなければ、繋がらなかった長く曲がりくねった細道。繋がらないまま塞がっていた細道は、繋がって、意外に近所に着いた。確か「運命の人には二度出会う」という文章で書いたと思うけど、気付かないでいても、運命は向こうから何度もぶつかってくる。人間の本物のあみだくじは、全て必然で、最後に出る道に、寄り道しながら、着きそうにない道から、必ず繋がる。



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