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廃校の跡地、有効な活用って?「金沢市の人づくりの施設」を探る。|地域のイノベーター見聞録 vol.4

取材・文:齊藤達郎/今中啓太(地域想合研究室)


街づくりは、仕掛けるのも、盛り上げるのも、実行し続けるのも、やっぱり「ひと」。
『地域のイノベーター見聞録』は、さまざまな地域で、新たな活気を与え、街づくりにつながるチャレンジを始めている活動を調査している中で、地域研究室が「なぜ?」から興味を持った魅力あるひと(たち)に、その地域と活動の魅力を学びに行く企画です。

近年、少子化の流れを受け小中学校の統廃合が増加し、その跡地を中山間地域では宿泊施設として、都市部では官民共働型のスタートアップ支援施設として利活用するなどの話題を目にするようになった。

文部科学省によると、平成14(2002)年度から令和2(2020)年度までに廃校となった公立の小・中・高等学校等は約8,500校あり、そのうちの約7,400校は施設が現存している。これら現存している施設の約74%が社会体育施設(プール、体育館等)、社会教育施設(図書館、博物館等)、あるいは企業や法人等の施設などとして活用されている。

その背景には、その地域で育った人にとって、使われなくなった庁舎や学校はとても親しみのある存在で、「なんとか残していきたい」という想いを持つ人が多いこともあるだろう。

出典:文部科学省『令和3年度 公立小中学校等における廃校施設及び余裕教室の活用状況について』(令和4年3月30日)

こうした中、『週刊東洋経済』が年に一度発表している「住みよさランキング」でも毎年上位にランクインされる金沢市で、2014年に閉校となった旧野町小学校の校舎が2021年に増改築工事によって、「金沢未来のまち創造館」として生まれ変わったというニュースを耳にした。

新たな産業の創出と、未来で活躍する人材の輩出を目指す金沢市の重点戦略計画の一環として始まった価値創造事業ということだが、実際にどういった形で運用されているのか。それを確かめるべく、2022年に開館1周年を迎えた「金沢未来のまち創造館」を訪れた。

金沢未来のまち創造館 外観| 旧野町小学校の4階建て校舎を改修・一部増築し、整備された施設は、エレベーターのある増築棟に木材を多く用いた開放的な吹抜空間を設け、各フロアを繋ぐ場としている。既存校舎の改修では、学校活動で使われた黒板や棚などを可能な限り残し、最先端の設備と地域の人々に愛された学び舎の面影が共存する空間となっている。敷地内には野町公民館が併設されている。 (出典:金沢未来のまち創造館 ホームページ

今回われわれは、「金沢未来のまち創造館」の価値創造事業を担っている一般社団法人CLL(CULTIVATE LIBERTY LEAGUE)代表で起業家の宮田人司さんより、金沢市経済局の職員で「金沢未来のまち創造館」館長補佐を務める中野直人さんをご紹介いただき、現地でお話を伺うことができた。

金沢未来のまち創造館 中野直人さん

「金沢未来のまち創造館プロジェクトは、2010年から2022年2月まで金沢市長を務められた山野之義氏の『金沢を発展させていくには、新たな産業の創出と未来で活躍する人材を輩出できる拠点づくりが必要』という強い想いから始まりました」と中野さん。
 
ここまでの経緯は、2014年に野町小学校と弥生小学校が統合。2017年までは旧野町小学校を新設校である泉小学校の仮校舎として使用していたが、新校舎への移転とともに使われなくなった。
しかし、創立が1872年の野町小学校は、長い歴史とともに地域の人たちに非常に親しまれており、「なんとか校舎を残し新たな活用ができないか」といった住民の熱い想いと市長の将来構想が合致し、「価値創造事業」の拠点として現在に至る。
 
並行して、2021年3月に「金沢未来のまち創造館活動推進業務に係る公募型プロポーザル」が、「スタートアップ・新ビジネス創出」、「子供の独創力育成」、「食の価値創造」の3つの事業ごとに実施された。
選定された運営会社CLLは、これら3つの事業を連携させながら実施するために組成された一般社団法人だ。
 
事業者の選定にあたって中野さんはこう語る。
「『スタートアップ・新ビジネス創出』は、いくつかのチームから提案はありましたが、3つの事業をトータルに運営していきましょう!という提案は、CLLだけでした。これが大きな決め手になったと思います。
また、これは当初想定していなかった効果ですが、CLLは、能力やスキル、意欲あふれるスタッフを全国からこの創造館に呼んでくれているので、スタッフのご家族を含めると20名近い方が金沢に移住してくれています」
 
プロポーザルのテーマである、「スタートアップ・新ビジネス創出」、「子供の独創力育成」、「食の価値創造」を実施していくにあたり、事業活動のテーマとして、「食」、「ものづくり」、「子供の未来」の3つの軸が設定された。
建物の4階は料理人、3階は子どもたち、2階は起業家やアーティストを育てるための環境とし、1階はこれらの活動を広くシェアするための場としている。

【食文化】のまち 金沢食藝研究所(4階)

テーマ:新しい食の幸せを、発明しよう。

金沢文化の象徴、経済の礎である「食」に新たな価値を創造するための場所だが、驚かされるのは設備の充実ぶりだ。本格的な料理やデザート、ドリンクの調理機器、中にはスペインから輸入したジョスパーチャコールオーブン(炭火のみを熱源としたオーブン)やガストロバック(減圧加熱調理機)、研究用のロータリーエバポレーター(回転式蒸発装置)や遠心分離機などあらゆるジャンルのプロ仕様の調理機器が揃っており、しかも試作のための材料まで準備される。

調理機器活用セミナー・エスプーマ(写真提供:金沢未来のまち創造館)

そうした驚きを中野さんに伝えたところ
「思う存分施設の設備を活用して試行錯誤を重ねながら、新たな挑戦に取り組んでほしいです。ただし、この場所は、様々な視点や技能を共有しながら、金沢の強みである食文化全体の発展をめざす場所ですので、試作・開発したレシピや手法はオープンソース化することが条件となっています。
もう一つ、この施設の特徴として、和食やイタリアン、フレンチなど様々なジャンルの料理人が交流できるということがあります。料理の世界では、ジャンルを超えた交流というのはあまりないそうなのですが、市の施設という強みを活かして、異業種交流による化学反応にも期待しています」とのことだった。

一流料理人を招いた技術指導講座(写真提供:金沢未来のまち創造館)

オープンしてから1年。コロナ禍も影響して金沢市内の料理人たちは、経営が非常に厳しい状況でレシピを新たに検討している余裕がまだまだない。それでもコロナ禍が収まり、外国人を含め多くの人が金沢の食を求めてやってくる日は必ず来る。この金沢食藝研究所は、そんなまちの未来を見据えたわくわくいっぱいの食文化発信拠点である。

右:ジョスパーチャコールオーブン

【好奇心】のまち VIVISTOP KANAZAWA(3階)

テーマ:子どもたちの好奇心が、世界を新しくする

VIVISTOP KANAZAWAを運営するVIVITAは、子どもたちの好奇心を実社会で活きるスキルへと成長させることをミッションとして世界7か国(エストニア、シンガポール、リトアニア、フィリピン、アメリカ、ニュージーランド、日本)にスタジオを展開している。
日本では東葛(千葉)、博多(福岡)、学芸(東京)、新渡戸文化学園(東京)、そして金沢(石川)で開設されている。

子どもたちのアイデアを実現するための多様な機材やツール、素材を揃え、世界各国の多様な専門家たちと共創しながら、自分の可能性を楽しみ、未来を創っていくためのサポートをしている。

「週末も利用可なのですが、活動のベースは平日の放課後です。大人は機材やツール、素材などを安全に使えるように見守りながら共創のサポートをしています。残念ながら大人は利用できません(笑)」と中野さんは嬉しそうに語る。子どもたちが自主的に行動している姿がきっと頼もしく見えているのだろう。そんなことを感じさせる場所である。

実際に活躍しているクリエイターから教えてもらいながら、3Dプリンタを使った造形物や、粘土で焼き物を作ったりしているほか、写真や動画を撮影するための機材もある。子どもたちにとっては、自由にものづくりができるたまらない空間だ。

「活動はテーマを設定して参加するテーマ別活動と子どもたちが自分でやりたいことを考え、自分でプレゼンをしてカタチにしていくプロジェクト活動の大きく2つ。テーマ別活動では、「究極のカレーをつくる」ということで開館から活動を進めて、先月、3日間限定ですが、「究極のカレーレストラン」を開いたんですよ」

レシピ開発から、衣装、器、ロゴマークの制作、食べる空間作りや会場までの演出まですべて子どもたちが考えたそう。金沢の新しい子どものクリエイティブラーニング環境としてこれからの活動がますます楽しみである。

究極のカレーレストラン(写真提供:金沢未来のまち創造館)
究極のカレー(写真提供:金沢未来のまち創造館)
究極のカレーレストラン。食べる空間も子どもたちが構築した(写真提供:金沢未来のまち創造館)

【起業】のまち TENJO KANAZAWA(2階)

テーマ:今日の挑戦が、明日をつくり続ける。

TENJO KANAZAWAは、「食」、「ものづくり」、「子どもの未来」に関わる事業に特化した起業支援や事業相談を行っている。
支援の対象は、市の入居審査を通過したオフィス、シェアオフィス、研究室の入居者のほか、起業をめざしたり関心のある登録メンバー。
オフィス、研究室はすでに満室になっているそう。

「実績を作っている先輩起業家から経験などを語ってもらう先輩起業家セミナーや、財務、デザイン、ブランディング等の起業に必要な専門的な知識を習得できる技術セミナーを開催したり、1Fのノマチカフェを会場に、リラックスした雰囲気の中、入居者やメンバーが悩みや直面している課題を共有しながら、お互いに刺激し合うMeetup@ノマチカフェを開催したりして、入居者やメンバーのスキルアップやコミュニティの醸成を図っています」
 
入居者が増えていく中で、それぞれの事業ステージの中で、求めるニーズも違うことが多く、どのようにサービスを展開していくか、試行錯誤を続けているそう。
 
「イベントに関しては、今は立ち上げ間もないので、こちらから仕掛けていますが、今後は、入居者から自発的にあんなことやりたい、こんなことがやりたいとどんどんアイデアが出てきて、それを応援していくような流れになればいいと考えています」
 
将来的には、ここを巣立った入居者が新しい入居者の成長を応援する、そんなエコシステムができることをめざしているそうだ。金沢の文化や個性を活かした新事業を生み出し続ける拠点として、充実した施設と手厚いサポートから、金沢市の本気度がうかがえる。

技術セミナーの模様(写真提供:金沢未来のまち創造館)
Meetup@ノマチカフェ(写真提供:金沢未来のまち創造館)

【交流】のまち ノマチカフェ(1階)

テーマ:金沢の未来を、みんなで、おもしろく。

金沢食藝研究所で研究開発されたメニューが食べられるカフェのほか、各フロアの事業から生み出された活動成果を展示するスペースが併設されている。
この施設から生み出されるさまざまなモノとコトに気軽に触れ合える交流の場だけでなく、金沢の未来が垣間見えるスペースともなっている。

また、施設の円滑な運営には市民の理解は欠かせないとして、開館1周年記念としてグラウンドでサマーフェスティバル「のまちJAM」を開催。CLLや入居者、地域住民が屋台を出店し、約2,000人の市民が会場を訪れ、交流を深めた。

サマーフェスティバルのまちJAM(写真提供:金沢未来のまち創造館)
サマーフェスティバルのまちJAM(写真提供:金沢未来のまち創造館)

コロナ禍真っ只中の2021年8月にオープンした金沢未来のまち創造館。

中野さんは、「このプロジェクトの実現に向けて、条例制定の手続きはもちろん、いろいろなご意見を持たれる方々への説明など非常に丁寧に進めてきました。われわれ金沢市としては、まちの将来のために行うべきことは、自ら実施すると腹をくくってやるという覚悟です。住民に愛されてきたこの施設を再活用して金沢の持つポテンシャルを引き出し、将来を担う子どもたちを育てる。こうした取り組みこそがこれからの金沢の可能性を広げる私たちのミッションだと思っています」と力強く語ってくれた。

最近、廃校の跡地活用については、自治体の資産を民間に丸ごと任せる、場合によっては売却して資産を組み換えるなどいろいろある。
しかし中野さんは「街の将来を考えると、人を育てること、そのための企画を立案し運営に自治体自身が関わり続けていくことが、絶対に必要ですね」と語る。

実務の中核に、強い想いを持つ人たちがいる自治体はイノベーションが起こっていく、そんなことを強く感じさせる施設だった。

(2022年9月29日 金沢未来のまち創造館にて)

イノベーターの紹介

中野直人(なかの・なおと)さん
1997年金沢市入庁。2010年に国土交通省に出向。その後、新幹線開業対策室、企画調整課で北陸新幹線金沢開業(2015年)の機運醸成や駅舎整備、金沢版総合戦略の策定等に携わる。その後、道路建設課を経て、2019年より産業政策課で価値創造拠点(金沢未来のまち創造館)の整備に携わる。

施設概要

施設名:金沢未来のまち創造館
金沢未来のまち創造館ホームページ
所在地:石川県金沢市野町3丁目11-1
開館日:2021年8月8日
提供内容:「スタートアップ・新ビジネス創出」、「子供の独創力育成」、「食の価値創造」を目的にした事業