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新しいまちの尺度から浮かび上がる「間地(まち)」|「都市空間生態学から見る、街づくりのこれから」vol.11

2015〜2020年にかけてNTT都市開発・東京大学Design Think Tank(DTT)・新建築社の3者で行われた共同研究「都市空間生態学」の紹介と、それに紐づく「いま考えるべき街づくりのキーワード」を、同研究の主任研究者を務めた木内俊克氏が紹介します。当時の試行錯誤を振り返りながら、いま私たちが街づくりを考える上で必要なエッセンスを発信します。

文:木内俊克


皆さんは都市の評価指標や都市ランキングというものを見ることがあるだろうか?
行政による都市政策立案から個人による自分が住みたいまち探しまで、使われ方もスケールも対象も様々だが、全体像が把握しづらい都市だからこそ、統計データを駆使してその傾向を可視化できるようにするという目的は共通している。指標をつくる主体は様々で、国際規格が定められた指標から、いわゆるシンクタンクや企業の研究所によるものまで多岐に渡る。評価は他都市と比較してはじめて相対的にその良し悪しが判断できるようになることから、多数の都市に対して同一に適用できる評価軸であることが求められる。

LIFUL Home’s総研による『Sensuous City 官能都市―身体で経験する都市:センシュアス・シティ・ランキング』による都市評価の事例。全国の都道府県庁所在都市、政令指定都市に居住する20~64歳までの男女1万8300名を対象に2015年3月23日(月)~3月29日(日)に実施したインターネット調査による。対象の都市で「夜の盛り場でハメを外して遊んだか」「お寺や神社にお参りをしたか」など、そこで何がなされたかの頻度から都市の「センシュアス度」を評価、ランキングしている。上の文京区が1位、国立市、新宿区は50位圏外。経済活動や都市のハード面に着眼した指標が多かった中、身体的に感じる都市の指標として当時注目を集めた。(図版は同資料の内容をもとに編集部で再作成)

2019年までの5年間、筆者が担当し、NTT都市開発・東京大学Design Think Tank(DTT)・新建築社により実施された共同研究「都市空間生態学」では、都市の空間を介して人や物事が互いに影響し合う相互依存的なネットワークとしてまちを捉え、活性化する方法を見つけようという目的が出発点にあった。従って、即座に都市のランキング的な評価を必要としていたわけではなく、むしろミクロに都市空間を捉え、極力一人ひとりの動きが見えるスケールで都市のアクティビティをリサーチする方向に関心が向けられた。しかしだからこそ、まずどのような大きさのどんな都市の領域を対象に選びとればよいのか、様々な都市を比較して相対的に考える方法を、都市ランキングなどの指標のアプローチを参照して考える必要が生じた。

今回は、こうして研究対象とするまち選びの過程で、必要に迫られて都市空間生態学が辿り着いた都市の捉え方についてご紹介したい。何を根拠に、どんな単位でまちを切り取っては比較し、研究対象として特定するに至ったか、その経緯も含めて辿り直すことで、これから何か別の切り口でまちを見て行こうという方にも、何がしかのヒントになれば幸いだ。

まちを行政単位とは異なる大きさで捉えてみる


すぐに問題となったのが、当時いわゆるオープンデータとして公開されている都市データの基本的な最小単位が市区町村、細かくても町丁目であったという点だった。体験的なまちの価値を起点に都市を捉えたいと考えていた「都市空間生態学」にとっては、これらの都市データは粗すぎるものがほとんどだったし、行政区が単位になっている点も都市の体験と必ずしも結びつかない違和感があった。

そこで「都市空間生態学」では、ひとまず行政区から離れて、インフラと建物だけが描かれた地図上で体験に根ざしたまちを捉える為の尺度として、徒歩で10分程度の範囲という根拠から800m角の四角形におさまる程度のまちの領域を取り出し、そこで定めた領域内で集中的に社会実験を実施・分析してはどうかという方針に至った。その結果が、2017年から2019年までに実施された台東区三筋・小島・鳥越(以下、三小鳥)での社会実験や、豊島区旧日出町界隈での社会実験であり、その詳細は本エッセイシリーズでもvol.7~10で詳細に紹介したところだ。

800m角のエリアの事例

尺度を定める上で参考になったのは、リノベーションまちづくりの提唱者である清水義次氏の「スモールエリア」[*1]だった。清水氏は、地方の中心市街地活性化などで、投資を行ったことによる変化を明確に体感しやすいまちの広がりの単位は、半径200m範囲のスモールエリアであると提唱している。

*1 清水義次『リノベーションまちづくり——不動産事業でまちを再生する方法』(学芸出版社、2014年)
https://book.gakugei-pub.co.jp/gakugei-book/9784761525750/

800m角の都市単位は、たとえばいわゆる商店街として認識されるような商店の連なりがつくるまちのシークエンスが、いくつか連なっていたり、少し離れて点在するような場合もある広がりの大きさといえる。スモールエリアのサイズ感は、確かにある都市にいるという体験を構成する最小単位と言えそうで、都市空間生態学でその連なりや変化が生み出す生態系を捉えたいと考えるのであれば、いくつかのスモールエリアが内包されうるもっとも小さい単位からはじめることが好ましいという仮説があった。

都市全体をスキャニングする


では東京全体をこの800m角の都市単位から見たときに、とある800m角と別の800m角をどう比べることができるだろうか。2017年に社会実験を実施した台東区の三小鳥と似通った条件のエリアを探そうと考えたことが、この問いのきっかけでもあった。

そこで我々が着目したのが、鉄道駅へのアクセス性という観点だった。というのも、三小鳥の魅力を語って下さった地域の方々の中に、「ここは陸の孤島だから」とおっしゃる方が少なくなかったからだ。つまり駅へのアクセス性のよさではなく、むしろやや不便であることがまちの特徴につながっているのではないかと。

実際には、2000年に大江戸線の新御徒町駅が開通し、2005年にはつくばエクスプレスが開業して乗換駅となって以来、JR山手線、京浜東北線、総武線、都営浅草線含め、三小鳥はむしろこれら6本の路線にアクセスできる、都内でも利便性の高いエリアと言ってよいのだが、それでもエリアの中心からだと周辺駅へはいずれも徒歩10分前後はかかり、それがどの駅前にも所属していないという印象を生んでいたようであったし、加えて特に以前から地域で暮らしていた方にとっては大江戸線開通以前の印象が引きずられていたようでもあった。

調査をはじめてみると、2017年当時でも、特に蔵前駅、新御徒町駅に近いエリアにマンション建設が集中するなど、駅へのアクセス性の向上に対応した開発の動きがあることがわかったが、まさにエリアの中心付近に位置する「おかず横丁」の商店街界隈は、駅近の開発の波をかろうじてまぬがれていることで、趣きのある商店街がまだ残されていたエリアだということがわかった。また、路面に建物幅いっぱいの開口をもつ商店や小工場の物件を比較的安く借り受けたクリエイターのアトリエ兼商店や、個人の趣向や手仕事を前面に打ち出した雑貨店やカフェなどの新店舗の転入も、こうした古く趣きのある小規模建物の集積に反応した動きだということも垣間見えた。

三小鳥における2017年時点での築10年以内/築11年以上のマンション建設の分布

そこで地図上にプロットした一地点が与えられたときに、そこから周辺駅への距離の逆数を集計したものを駅へのアクセス度として定義し(駅に近いほどポイントが高く、遠ければ低い、複数駅にアクセスできるほど高く、アクセスできる駅が少ないと低い)、その計算を都内全域に展開することで、東京都全体をスキャンするように駅へのアクセス度を計算した。それで得られたのが、アクセス度の高さを元に描かれたアクセス度の等高線マップだ。

アクセス度を等高線として描き出したマップの都心から台東区、荒川区などにかけての範囲:サーモン色の等高線より外がアクセス度レベル1となり、駅と駅のあいだではなく、一つの駅にしかアクセスがないエリアになる。そこからグリーン色の等高線までが、レベル2~8のアクセス度のエリアで、駅前ではないが、駅と駅のあいだにある範囲として、「間地(まち)」として特定した領域にあたる。

「間地(まち)」の発見とその傾向


こうして得られたアクセス度のマップを眺めてみると、もはやあらゆるエリアになんらかの公共交通網がはりめぐらされて隙間などないかに思える東京の都心部にも、いわゆる駅前エリアを少しだけ外れながら、依然として周辺駅へのアクセスが必ずしも悪くない三小鳥のようなエリアがまだいくつも存在することがわかってきた。何を隠そう、このアクセス度を元に東京都心部を見渡し、三小鳥との類似地域として浮かび上がってきたエリアの一つが、本エッセイのvol.9~10で紹介した豊島区旧日出町界隈だった。

駅前ではない、駅と駅のあいだにあるエリアという意味から、研究ではこれらの三小鳥や豊島区旧日出町のようなアクセス度のエリア群を「間地(まち)」と呼び、地域を深く把握する社会実験と平行して、都市全体を浅く広く把握するガイドとしての間地(まち)を分類するリサーチを展開することにした。

分類の手続きは以下のとおりで、❶ まず800m角の都市単位の中に含まれる街区数がいかに多いか(街区数が多ければ多いほど密度が高いという意味で、H: 高密>M: 中密>L: 低密)で3段階に分類、❷ 次に800m角の都市単位の中に含まれる街区の形状がいかに複雑か(行き止まりの路地が多数あるなど、街区が入り組んでいればいるほど複雑であるとし、1: 複雑街区優位型>2: グリッド複雑混合型>3: グリッド優位型)でさらに3段階に分類、❸ これら2つの評価軸をかけ合わせて9つの分類をつくった。

間地(まち)の分類とレーダーチャート:9つの分類それぞれの特徴を示すチャートとして、上にアクセス度のよさ、右下に路線価の安さ、左下に街区の高密さの指標を取り、ダイアグラム化した。

間地(まち)の分類はあくまで地図上の情報を元にした機械的なものなのだが、まちをまちとして成り立たせる為の血管としてつくり込まれてきた道路と、それにより囲い込まれた街区の特徴を元にした分類からは、いくつも興味深い傾向が見つかった。

たとえば、高密な街区をもつエリアの中でも、グリッド優位型であるH3のグループを見てみると、震災・戦災復興土地区画整理事業で整備された隅田川沿いの低地で、明治以降における町工場の集積地帯にそのほとんどが集中している傾向が確認できた。間地(まち)の中では比較的交通利便性が高めであるにも関わらず、路線価は比較的低い。都市空間生態学の社会実験で取り扱った三小鳥はこのグループに属し、この路線価の安さと交通利便性の高さが、町工場に代替わりして若いクリエイターや企業が集まりはじめた理由の一つであったかもしれない。

H3グループの間地(まち)分布と震災・戦災復興土地区画整理事業エリアとの重なり:赤いポイントがH3グループの所在地を示す。震災・戦災復興土地区画整理事業との重なりが見てとれる。[参考文献 デジタル標高地形図(H18.3,国土地理院),東京都区部の戦災復興区画整理地区の景観特性の把握(中島 他,2008),東京低地における工場等の分布を主体とした土地利用状況の変遷(遠藤,2006),東京の住宅地(日本建築学会関東支部住宅問題部会 No.7714)]

一方、高密な街区をもつエリアの中で、複雑街区が優位であったり、グリッドと混ざっているH1、H2のグループを見てみると、山手線の周縁に残存している、いわゆる木密地域とおおむね重なって集中している傾向が確認できた。都市空間生態学の社会実験で取り扱った豊島区旧日出町はこのグループに属する。

その他、対照的に低密な街区で複雑街区を含むL1、L2のグループは、山手線の内側で江戸時代に下屋敷が分布していた台地上のエリアに集中しており、台地の地形に沿った街区の影響がある傾向が確認できる。M-3、L-3などのその他グリッド優位型のグループはおおむね港湾地域が多く、M-1は台地のエッジや、河川に面して街区内にいわゆる中大型の公共施設が分布しやすいという傾向が見て取れた。M-2はある意味平均的で、都心部全域にばらついている。

「間地(まち)」の情報発信から見える傾向


ではこうした間地(まち)の分類に見られる地形や歴史と対応した傾向は、そこで暮らし働く人々や企業にどのような影響を及ぼす傾向にあるのか。実践的な把握には、むろん社会実験や地域コミュニティへのヒアリングなど踏み込んだ調査とまちへの介入を必要とするが、間地(まち)のリサーチでは、あくまで浅く広く都市全体を見渡す目的にかんがみて、インターネット上で収集した対象エリアに関するブログやSNSの発信情報を元に分析を行った。

間地(まち)の9つのグループに関するインターネット上でのイメージ

詳細な手続きは省くが、インターネットで得られるテキストの記述から、「暮らし・ビジネス・食・景観・移動」に関する文章を抽出し、それらの文章がおおむねどういった傾向があるかで大きく2つに分ける、たとえば暮らしであれば、それがコミュニティに関わる記述か、一人暮らしに関わる記述かに割り当てる、といった要領だ。そしてこの結果を集計して偏差値によりその評価を見ていくと、それぞれのカテゴリーで、間地(まち)のグループがどんな傾向を持っているかが見えてくる。

高密でグリッド優位、おもに隅田川沿いの低地部のエリアに集中する傾向のあったH3グループであれば、暮らしに関わるテキストで一人暮らしに関わるものよりはコミュニティに関わるものが多く、かつビジネスの項目では大企業よりは、個人や小企業への言及が多い。職住近接でまちに住み暮らす下町のイメージが浮かび上がってくる。

対して、低密でグリッド優位の港湾エリアに多いL3グループでは、ビジネスの項目では大企業への言及が多く、また移動の項目でまちあるきできる道がある、観光のモデルルートがあるといった余暇的なモビリティへの言及が多いという点で、経済活動が集中する中に、観光要素が開発された港湾らしいまちのイメージが見てとれた。

新しい尺度の先に


今回のエッセイでは、都市空間生態学研究の中で、社会実験をベースとした詳細な地域把握と平行して広く浅く都市を見渡す為のツールとして新しく定義を試みた、間地(まち)という都市の尺度について紹介した。

間地(まち)の分類は、あくまでガイドであり、広く浅い視点である以上、それ単体で特定のエリアに新しい発見や理解をもたらすツールにはなりえない。しかしながら、その発見や理解にヒントを与えてくれるツールとしては十分に頼もしい存在といえるだろう。三小鳥と豊島区旧日出町界隈を比較してみようという発想はこうしたツールなしにはなかなか得られなかったものであるし、こうした比較の為のツールを読み込んでいく先に、今はまだ気付いていない新しい視点を見つけ出すことは、まだまだ可能なはずだ。

つまり、ツールは使うのに限る、ということを本稿のまとめとしてお伝えしたい。

このエッセイのシリーズの第1回で、街づくりの「多能工」になることをおすすめし、「街づくりとは、まちの中で自分なりの目的を持つこと、そのために必要なことであれば、どんなことでもある程度は飲み込んでやりきる覚悟を持つこと、そしてそのスタンスを周りの人にしっかりと伝え、協力を仰ぎ、またできる限り周りへの協力も惜しまないこと」だと書いたように、街づくりはやはり主体性と実践に尽きる。
ただし、都市はなかなか一人でどうにかなるものでもない以上、うまく周りの皆さんと連携を図り、必要とあらばぐるっと周りを見渡してみてほしい。自分のやりたいことに近い事例と比較することで自分の位置づけが見えやすくなるような知見は、集められれば集められただけやはり助けになる。シリーズで紹介してきた、社会的立場によらない、したいことありきの目線づくりや温度あるデータの採集、ブラブラというまちが生み出す価値のひな形など、今回の間地(まち)同様、すべて「多能工」の道具袋に入れておけるツールになると筆者は考えている。

そんな道具袋を腰に下げてまちに出る。おいしい食でも楽しみながらまちを闊歩し、まちからまちへハシゴする。そうすれば、自分が楽しんだ経験はいろんなレベルで街づくりの素材となっていくはずだ。

木内俊克(きうち・としかつ)
京都工芸繊維大学 未来デザイン工学機構 特任准教授/砂木 共同代表
東京都生まれ。2004年東京大学大学院建築学専攻修了後、Diller Scofidio + Renfro (2005〜07年)、R&Sie(n) Architects (2007〜11年) を経て、2012年に木内建築計画事務所設立。2021年より株式会社砂木を砂山太一と共同で設立。Web、プロダクト、展示、建築/街づくりの企画から設計まで、情報のデザインを軸に領域を越えて取り組んでいる。教育研究活動では、2015~2018年 東京大学建築学専攻 助教などを経て、2022年より現職。2015~2020年に在籍した東京大学Design Think Tankでは、このnoteでも取り上げている「都市空間生態学」の研究を担当。代表作に都市の残余空間をパブリックスペース化した『オブジェクトディスコ』(2016)など。第17回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館展示参加。

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イラスト
藤巻佐有梨(atelier fujirooll)

デザイン
綱島卓也(山をおりる)