祈るくらいなら

僕はバンドを組んでいた。僕らは俗に言うロックバンドで反抗的な尖った歌詞で、少々の人気を得ていた。だが、バンドが波に乗り出した時にボーカル兼リーダーが酔った勢いで店の店主に難癖をつけた上に暴行を加え、逮捕された。
解散理由は数少ないファンに「一身上の都合」として発表されたが、SNSで少し検索すれば逮捕されたニュースが出てくるし、居合わせた客が撮影した動画まで出てくる。

今は心機一転、使っていたギターを売り払い、まともに就職しようと就活をしている。就きたい職は決まっていたが、志望動機はネットで探した。

なぜ音楽をやめたんですか。と面接官に聞かれる。
メンバーの一人が実家を継ぐ事になったからです。と答える。

ジャーン。どこからかギターの音が聴こえる。

私、バンド好きなんだよ、何か歌ってみてよ。と茶化すように面接官が言う。
僕はボーカルじゃないので下手ですよ。と返す。
笑えなかったが、口角を上げることは出来た。

ジャーン、ジャーン。

ありがとうございました。失礼します。と面接官に背を向けないように退室する。無理に引き上げた口角が痛む。

ジャンジャンジャン、ジャーン。


帰り道に、警察官に話しかけられた。
「お兄さん、ちょっといい?」
「職質ですか」
「ああ、そうだけど」
僕は疲れて面倒だったので断ろうとした。
だが警察官は行手を遮る。
「これ、任意ですよね」
「そうだけど、やましいものでも持ってるの?」
そう言われ、渋々受けることにした。

ジャーン、ジャーン、ジャーン、ジャンジャン、
ジャーン。ジャン、ジャジャン、ジャーン。
ジャーーーーーーーン。

反抗的で尖った歌詞の矛先が自分に向かっている。
身をもって実感する、今まで矛先を向けてきた嘘。

"一身上の都合により解散"
"過去を減らし、過去を増やす面接"
"あくまで任意の職務質問"

数日経って、合否が書かれた書類が届く。
"選考の結果、誠に残念ですが今回の採用は見送らせていただくことになりました。今後のご活躍をお祈り申し上げます。"

ギターの音はもう聞こえない。


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