【体験録】就活は戦いであり、行動は結果を呼び寄せる-2月編/13-
やりたいことは金に繋がらず、やりたくないことが金に繋がることは世の常だ。それがニーズ、つまり需要と呼ばれるものであり誰しもがシンプルに辿りつく『市場』でもある。やりたくないこと、出来ないことを誰かに依頼する。人に頼む時点で金が発生する。
その人の時間を頂くからには、支払い義務が発生するからである。……と、思っているのだが私はまだ狭い世間しか知らないのでこれは全容ではないだろう。
私はそこまでスキルが高くない。何かの賞や実績を欲したことがないのでそれに繋がりにくく、いざ会社から離れると突出したものを持たない只の人となる。只の人よりも都合が悪いかもしれない。今や自信喪失気味でいつでもリタイア出来るよう投げやりな人間でもある。
私が答えるのも待たずに、相談員は椅子を左右に揺らしながら、印刷して出した私のハローワークでの登録情報を眺めた。
「ハローワークにあなたが登録している内容だと、そうだね。パソコンの仕事をした経験があるわけだ。すごいじゃない、CCNA取ったんだ」
「はあ……でも実務経験はありませんし、以降は更新も勉強もしていません」
CCNAとは、IT業界でもネットワークに関連する資格だ。あるメーカーのネットワーク機器について、初歩的な知識を持っているという証明になるもの……と思って頂いて良い。興味のない分野への勉強が苦痛で苦痛で、同期たちと比べても簡易テストの点数は取れないし、理解に至るまで遅いしで散々だった。
それでも一回でパス出来た奇跡を起こしてやった。
「いいんだよ。『取った』っていう実績で十分だ。なかなかいないよ、これ持ってる人」
そうなのかなあ。
私としては、SEとして入社した会社で当たり前のように取得したので、この業界ならサボっていなければこのCCNAか、或いは似たような別の資格を持っているものだと思っている。
「WordもExcelも、ふうん。PowerPointも使えるんだ?」
「MOSを受けられるほどではありませんが、多少なら」
IT業界出身なだけあって、就労サポーターよりも話が早い。MOSの有無なんて、という意味で相談員は首と手を横に振った。
「Excelの関数は? SUMは分かるよな」
関数ねえ。
趣味でゲームを作った経歴と合わせると、本当に限られた関数ばかりだしブランクもあるので忘れているのがほとんどだ。
「IFとかⅤLOOKUPとか……くらいですかね」
「十分じゃない。そのくらい出来ていればどこにも行けるよ」
そうなん? でもこれら三つは仕事で使う定番じゃない?
言うて私も今、ここで出来るかと言われると出来ないと思われるが。VLOOKUPは……『“これ”を、“この範囲”から探した結果を表示』、だったかな? 私の関数の覚え方は全て日本語に直されるので、後輩諸君に教えるのが大変であった。
再勉強だなあ。
「なんだ、じゃあ職業訓練から始めなくても探せばいくらでもあるよ」
「あらそうなの? 話を聞いててもカタカナばっかりでよく分かんなかったんだけど」
「お前さんが分からなくてもそうなんだよ」
それまで黙って大人しくしていた就労サポーターは、それでも満足そうにしてにんまりと笑顔になった。
「じゃあそれでちょっと検索してみてよ」
「いまやってるさ」
老眼鏡で手元を確かめながら、相談員はキーボードをたたく。
ハローワークの相談員は、利用者よりもちょっと使い勝手の良い検索端末をあてがわれている。ただスペックが高いわけではなく、そのシステムもIT業界のセンパイたるこの相談員にはやや不満気な印象だ。
モニターをぐるりと動かし、私と就労サポーター、そして相談員にも見える角度に調節する。
「まあそうだな、あなたはこういう仕事で探せばすぐ見つかるな」
簡単な操作説明を頂いた。メモしておく。
「でさ、これ……パソコン持ってる?」
「はい」
「家で検索できるんだけどちょっと表示が違うんだよな。まあ、応募にゃ紹介状出さないといけないから、気になるのがあったら番号をメモして寄こしてくれ。片っ端から私がみてやるよ」
ハローワークからの応募の場合はこの『紹介状』が必要だ。再就職手当が欲しい私には必須のアイテムである。
「そんでさ、私のこの端末からだとね、今の状況がみれるわけ。何人応募して、何人が待機で何人が決まったのかっていうのが。年齢と性別まで分かるよ」
言って、いくつかのキーワードで検索した求人票を印刷した。一旦、モニターをぐるりと相談員の向きに戻す。パチパチとキーボードを操作する間をおいて、話は続いた。
「例えばコレなんかだとさ、ゼロゼロゼロなわけ。求人票の方を見てよ、最近公開した求人だろ?」
求人票には掲載を受け付けた年月日が記載される。同時に掲載期限も記載がされる。この掲載を受け付けた年月日が古いものよりは新しいものの方がねらい目だという。
ゼロゼロゼロ、とは『応募した人数』『結論まちの人数』『結論が出ている人数』がそれぞれゼロということだ。
「ハローワークに載せたばっかりだから、まだ募集状況に動きがない。良い条件っつーのは個人個人で違うもんだが、良い話には人が集まってすぐに終わっちまうってのはおんなじだ」
相談員は同じ掲載受付日の違う求人票を取り出した。先ほどと同様に、キーボードを操作してから今度は求人票にペンで書き込みを始めた。
「コレは独立行政法人だな。パートだけどまあ公務員みたいなもんだ。だからもう六人が応募してて、でもまだ先方が答えを出してない。ロク、ゼロゼロだ」
倍率が違う。前の求人票もこの求人票も採用枠は一人だ。ただ正社員として勤めるだけなら、前者の方がいい。
しかし就職は通過点である。就職したら毎月給与が出るというわけではない。就職したら勤続しなければならない。なんでもいいから入る、なんてリスキーなことは出来ない。
「この独立行政法人の案件は応募してる面々の年齢がことごとく高いな。勝てそうだぞ」
就活は勝負である。
なるほど、ハローワークを利用するのは実は初めてではないのだが、このような見方で進めたことは無い。面白い話を伺った。
「そうお? まあ他の元気ない人に比べたら全然違うもんね。すぐ決まると思ってたわ」
「まだ応募してねえから決まったわけじゃないぞ」
「じゃあ、次は履歴書と職務経歴書ね! それも大丈夫、この人が見てくれるから」
うん、まあ。
相談員は言いこそしないが否定せず、顔をそっぽに向けた。それから私は履歴書と職務経歴書について伺った。来週は応募まですすめられるだろう。証明写真を取らなくてはならないし、書類を郵送するのでその代金も確保しなければ。
相談員とは月曜日にまた会う約束をした。その間の土日で履歴書と職務経歴書を作成して印刷する。これを見せて赤ペンを入れてもらわなくてはならない。
時間を頂きありがとうございました、と礼を言って相談員と別れ、就労サポーターとも別れて家路についたころだった。スマートフォンがマナーモードで振動しながら、音楽再生をとめた。
着信だ。弁護士から。
『もしもし、弁護士ですが』
もちろんこんな話口ではない。自己破産で今、世話になっている弁護士からの電話だった。
「はい」
『自己破産の申し立てが『大きな機関』に通りまして、正式に受理されましたのでご連絡のお電話をしております。詳しい話をしたいのでまた事務所に来ていただきたいのですが、日程等ご希望はございますか』
今後は就活で果てる見込みだ。早い方が良い。
「日程について特に希望はありませんが、早めが良いかなと思います」
『承知いたしました、では十六日の土曜日はいかがでしょうか』
十六日? それってたしか。
『あ、明日ですね』
そうですね。
「はい、大丈夫です」
『分かりました。それではお時間なんですが――』
これは忙しくなりそうだ。
頭の片隅にそう呟きながら、私は弁護士との予約をスケジュール調に書き込んだ。
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