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【体験録】不安は迫る、確実に -5月編04-

 再び前回から間が出来てしまった。
 何もせず、誰かの作品を授受するだけなのはとても楽だが、常に物足りなさと焦燥感を覚えた。そんな中、メッセージとサポートはとてもありがたいものだった。感謝という言葉では足りないのだが、それ以上の語彙を持たない私をどうか許してほしい。
 私はこの八月を生きている。

 さて、時間をさかのぼって私は五月を生きていた。世がゴールデンウィークで沸き立つ中、この時不安が常に付きまとっていた。

 それは現金。それは自己破産の手続き。生活保護を受けているという、無意識の負い目と重責。新しい職場と新しい仕事、周りの人々。

 困ったことに不安というものは、抱えていると実際にやってくるものらしい。よくある『嫌な予感は妙に当たる』ようなものだろうか。
 余裕が出来そうで出来ないこのタイミング。いつだって私は疲弊していたが、この出来事はそこに追い打ちをかけるかのようだった。

 この時。平成三十一年の四月時点。私はまだ生活保護の支援として現金を受けとっていた。

 生活保護の現金による支援は、前にも書いているかもしれないが、就職して給与を得たら即終了ではない。入社して初めて社内の雰囲気や状況に気づくことだってあるだろうし、やってみたら肌に合わなかったということもあるだろう。生活保護を受けるほどに困窮している人間が、必ずしも決めた就職先で頑張れるわけはない。これは新卒でも中途採用でも同じであるはずだ。

 生活保護は基本的に、受給者の生活が安定するまで観察する。なので仕事が決まった、給与を得たという事実だけでは生活保護は終わらない。本人が退職することもあるし、会社側の『試用期間』が終わって判断されることもあるからだ。五月は私にとって、まだ現金の支援を受けている段階だったし、支給の停止か継続かの判断がなされるタイミングだった。

 何をもって『受給者の生活は安定した』と見なされるかはまた別所で語ろうと思う。
 ここでは、私はまだ生活保護として現金を受け取っていたという事実をおさえて頂けたら良い。

 生活保護を受けている間、収入の報告が必要となる。四月の収入を証明するための通帳は弁護士の手元にあるため、生活保護に対して『収入の証明』が出来るものは他に一つしかない。給与明細である。

 この『収入の証明』を生活保護に提出することが『生活は安定した』と見なされるかどうかの基準になる。……なるのだが、実はこの話だけで問題が二件も発生していた。

 三月の出勤分が四月に支払われ、その給与明細が届くのは五月の上旬だったのだ。

『エエッ、そんなに遅いんですか』
 ゴールデンウィークに入る前。給与が入った後のとある日である。

 電話越しに聞く担当者の声は驚きを隠さずそう言った。この人は私よりも多難な毎日を送っているように思うのだが、それでもこのリアクションを取られてしまったことに、私は自分の選んだ道が正しかったのかどうかを思わざるを得なかった。

 確かにちょっと、家族との刺々しいやり取りもあって冷静ではなかったと自覚している。

「もし、その……問題があるようなら、会社に相談してみます。事情を説明して先に作ってもらえないかを」

 給与を支払ったのだから、その計算の明細はあるはずである。それに私が入社した会社は大きな企業ではない。むしろ親会社の社長とすら一対一で対話、相談が出来る程度に規模の小さなものだ。融通を利かせてもらえるよう、多少の駄々を捏ねればなんとかしてもらえるかもしれない。

 担当者はすぐには返事をせず、ウーンと考え事の唸りを聞かせてきた。
『いや、それは……ううん、でもなあ……』
「何か不都合が……?」

 私にとって、会社でこの話をすることこそ不都合である。廊下は逆に響いてしまうし、といって他に離れがあるわけでもなく。結局デスクのあるフロアのフリースペースを借りている。周囲の作業音になんとか、この発言や会話が紛れていることを思いつつの通話だった。

 首を肩にうずめるようにして背中を丸くしていたのは無意識だった。スマートフォンを耳に押し付けて、私は担当者の声を待った。

 担当者は意を決したような声で言った。
『いえ、大丈夫です』

「……なにがです?」
『え? あっ、あのですね、そこまでして頂かなくても大丈夫って意味で』

 本当に? 別に、今の立場を思えば人に頭を下げることが多くなることも、必要があれば土下座が必要になることもあるだろうことは受け入れている。
 だからこそ、何が大丈夫なのか分からなかった。

「というと?」
『はい、あの、一旦全額お支払いします』

 ここでいう『全額』というのは、私が貰える生活扶助としての現金である。給与など収入が認められた場合、その収入額によって通常は減額されるのである。
 しかし今回、私はその収入額を証明する手段を持たない。だから全額を支払うと。

 正直を言えば、とても助かるし安堵感は大きなものだ。だが生活保護費がどこから来ているのか、そして必要としている人が多く居ることを思うと手放しに喜べない。

「有難いですけど……いいんですか?」
『あ、はい。大丈夫です。あとで返済してもらうことにはなっちゃいますけど』

 OH.
 そりゃそうか。そうだよな。

 ……しかしそれは一体いつまでに? 金額と締切日によってはしんどいものがある。三月の勤務時間から算出される、四月の給与額は多くない。支払い後にすぐ、返せという話だとたまったものではない。

「返済とは……?」
 私の声は自然、恐る恐るとゆっくりした音で、小声になっていた。

『はい、あの、お支払いした生活保護費を返してもらうってことです』
 いやいやいや、聞きたいのはそういう話じゃあない。

「はあ、返してくれという話であれば、私はそれに応じたいと思います」
『ありがとうございます』

 どういたしまして? いやいやいや、だからそういう話じゃないだろう。

「ええと、あの、返済の方法と、期日を伺いたいんですが……」
『あっ、そうか。そうですね』
 担当者は言って、居住まいを正すような間を一瞬だけ置いて続けた。

『あの、まずは出来るだけお金は使わないようにしてください』
 返済の……方法……?

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