見出し画像

【2月まとめ】走ったら果ててました -2月編27-

 元々二月は日数が少ないにしても、私の体感としては本当にあっという間であった。

 生活保護で過ごす一ヶ月としては短い期間である。しかし二度も体験する必要はないと思うし、苦労は買ってでもしろと、聞いたとしてもこの体験はしなくても良い。確かに何も無かったといえばウソになるし、何も得なかったかといえばそんなことはない。

 だからといって進んでこの状況になる必要はない。

 さて、二月の出来事は駆け足ながら前回の投稿で以上である。中には省いた出来事もあれば、私自身が忘れてしまったこともあるだろう。しかし忘れられたのならそれでも良いのかもしれないと思っている。

 振り返ってみて噛みしめたものといえば、大まかなところではこんな感じだ。

 ・生活保護で過ごす初めての一ヶ月間(二十八日)
 ・自己破産の申し立ての理解度の低さ
 ・失業給付は早めの申請をすべき
 ・書類の管理が下手
 ・金の管理が下手
 ・案外、身体は無理に気づかない

 特に失業給付は退職日からではなく、申請をした日から三か月の給付制限があることには注意してほしい。さらに再就職手当がもらえるか否かについても、期待だけしていてはその落差で元気を失いかねない。

 そして体調面である。前の投稿でも書いたように、これを書いている三月十三日現在では正社員として入社している。試用期間三か月だが、私は続けたいと思っているし、ありがたいことに先方も期待してくださっている。

 健康診断を受けたのもそれに伴うものであった。健康診断の結果がようやく私の手元に来た。全て『異常なし』と書かれているのが常であったが、心電図だけ『要受診』となっていた。判定区分によると、「医師の治療を必要とします。早めに医療機関に受診してください」だそうだ。

 心当たりは? ないです。

 そう思っているのは思い込んでいる自分だけだ。

 どう考えても食費を抑えた結果がここに来ていると至ってしまう。元々運動や早寝早起きを習慣にしていないこともあり、健康的な生活とは言えないことも自覚していた。さらに言えば、貧血を感じて眩暈や立ち眩みはよく起こっていたし、動悸というか鼓動に違和感を覚えることもあった。

 全く、違和感を覚えていながらにしてこれである。だがもしかしたら、検査時の手順や所作に何かあったのかもしれない。わずかな期待を抱いている。

 総じて自分の不注意が際立ったといえよう。困ったことというのは、その時になってみないと分からないものだ。ほとんどは私の不注意と確認不足である。話を聞いているうちは分かった気になっているのが実にオマヌケであった。

 反面、得たものや経験は確かにある。

 まずは国や法による公的な支援というもの。これは担当課の名前や場所から扱っているものまで、地域で差が出てしまうとは思うが困ったと思ったらまずは相談する方が良いということ。もちろん民間でも良いと思うし、比較するなら数が多い方が良いと思う。


 現代に生きる人間というものについてとか。自身に何か良くないことが起こっていると、その人は善悪や正誤、白黒の分別まで平気で手放す。そこに年齢や性別の違いはないし、経歴や学歴、実績なんてものもない。基準が全て己になり、それと比べて僻んだり妬んだり恨んだりする。

 これらの多くは脳内での勝手な思い込みや想像によるもので、その時向けられた対象者には何の落ち度もない。生活保護の担当者と思われる若い男性が、語気を荒げて何かしら不満をぶつけて喧嘩腰になっているのを見た。言論の場では冷静さを欠いた方が不利であることは、早いうちに知っておいた方がいい。


 食品を取り扱う店は案外、身近に多く存在していたことを、私は初めて知った。チラシアプリを導入したことで、今まで敬遠していた玉子や牛乳など値が下がりにくい食品についても安く買える日があることを知った。それだけでなく、チラシアプリに載ってこない個人商店を見つけたのは大きかった。

 購入の幅が広がる。買い物もある種のストレス発散である。購入したことで何が出来るのかを考えるのは楽しい。

 しかしもちろん、鞄や服などには手が出ない。特に私はラジオやボイストレーニングを続けたいのでその分は最初から省いている。そこに携帯電話の料金、インターネットの通信費。ガス代、電気代。決して満足のいく生活ではない。

 この状態から働いたとしても、月収がある程度大きくないと生活保護と何ら変わらない生活になってしまう。これは私は大いに焦らせた。自己破産で一時立て替えてもらった金額は、私が社会復帰したら返済しなければならない。大きな金額ではないが毎月、欠かさず払い続ける必要がある。

 気が重くならなかったか、といえばこれもウソになる。今後はクレジットも使えないので借金は出来ないし、それならしっかりと金を稼ぐ何かを確立しなければならない。正社員勤務は最も安直だが有効な手段であった。

 やりたいことでもあったので得した気分だ。技術職である。……が、不勉強が過ぎるので今から資格取得に向けて動いているところだ。

 二月は暗いところから駆け出して、坂道を一気に駆け登って明るい場所へ辿りついた。そんな印象だ。だがまだこれからなのだ。

 社員になることは通過点だ。

 私はこれからさらに、より深く高く『死なない生活』ではなく『生きる』ために動き出さなければならない。

この記事が気に入ったらサポートをしてみませんか?