【体験録】それであなたに何ができるのか? -2月編/12-
例によって外出する自分だけはなんとか取り繕って、漠然とした鬱と不安で取っ散らかった部屋を後にした。この日は例の、就労サポーターとハローワークで待ち合わせしている日である。
ハローワークで使うカードを忘れたので一度だけ取って返して、予定よりも五分弱の遅れをもって到着した。ダメだ、完全に抜けている。向こうは気にしてないと笑うが、それがいつも出まかせなのは体験済みだし自分もそういうときがある。
ハローワークの空気はあまり好きではないが、生活保護で受給できる金を受け取ったときの空気感に比べればまだマシだ。覇気や活気のないことは同じだが種類が違う。向こうは別のエネルギーで満ちた者がよく出入りするが、こちらはそのエネルギー量が少ない。
むしろこちらが吸われてしまうような。
就労サポーターと合流し、それから我々は奥へと進んだ。受付やパソコンによる検索端末のエリアをスルーして、いきなり相談員の前まで来る。
会う予定だった相談員は既に別の人が座っており、その席が空くまでの待機時間が生まれた。
「これ、私が探してみたの」
言って、就労サポーターは一枚の求人票を手渡してきた。ここのハローワークで印刷したようだ。
パートの求人。片道一時間弱、時給はやや低め。……あれ、この間は正社員でって話ではなかったか? この条件では生活保護の受給期間中とさして変わらないどころか消耗が大きい。途中で大きな駅に降りるので時間もさることながら楽な移動ではない。
この仕事なら出来るとは思うが……探してくださったことに感謝はすれど、私は良い顔を作ることが出来なかった。
「やあ、お待たせお待たせ。ごめごめ。約束の時間だからキープしようとしたんだけどさ、その前に人が入っちゃった」
相談員は年嵩の男性だった。
「椅子いる? ちょっと待ってなよ、どっかから持ってくる」
「あらあ、どうもすみません」
通常、相談員の前に座るのは一人だけだ。この就労サポーターも同席するにはどこかから椅子を持ち込まなければならない。相談員の順番待ちのための椅子は背の低い、三つほどの椅子をくっつけたもので、一人で座れる適当な椅子は近くに見当たらなかった。
相談員は立ち上がってどこぞへと椅子を探しに行った。程なくしてこちらにやってくるとき、折り畳み式の椅子を一つ脇に挟んでいた。
「ぼろい椅子ならあったぞ」
「やんなっちゃうわね」
背もたれのクッションが破れて、黄色いスポンジが見えている。
「じゃ、紹介するわね。この人が会わせたかったっていう相談員さんよ」
簡単に経歴を紹介された。年嵩とは思っていたが見た目以上の年齢を重ねておられたことに驚きだった。人は見かけじゃ分からんものである。詳細は伏せるが、やや情報弱者な私でも知っている大手企業に長く在籍しており、技術者としてだけでなく人事にも携わってきた経験豊富なセンパイであった。
「どうもどうも。よろしく。まあ、ワタシがやってた時代とあなたの活躍する今の時代とでは、同じITでもいろいろと違うだろうけど、教えられることはあると思うよ。ハローワークカードを見せてちょうだい」
忘れものに気づいて取りに戻ったのは正解であった。ついでに失業保険の手続きも進行中であることを告げ、今日のこのやり取りも失業保険に必要な活動であることを話した。失業保険は一定回数の就職活動が必要になる。
「いやしかし、それでも三か月は給付制限で入らねえだろ。金額もなんだし、生活保護と何ら変わりゃしないやな」
就労サポーターによって、私が生活保護受給者であることは共有済みのようだ。
さらに就労サポーターの顔見知りだからなのか、この相談員も実に気楽な口調で会話をする。隣の相談員は生真面目そうで神経質そうな印象だったが、時折その相談員から咎めるような視線が飛んできた。
「そうなのよ。だからこの人にあった仕事がね、どんなものかを見てもらってマッチする仕事を見つけてほしいの」
「ほォン」
失業保険の手続きの際にハローワークの利用者登録をする。この時に一通り簡単なスキルや資格、経験を書く項目がある。相談員に手渡したハローワークカードを使って、今ちょうど相談員がそれを見ているところだ。
「そんで、あなたは」
相談員は言いながら、ハローワークカードで取得した私の情報を印刷している。それを手に取り机の上に何かを書き込みつつ、言葉を続けた。
「どんなことが出来るのかね」
これは実に難解な問いだ。
今でもたまに見かける「自己肯定感」だとか「自己評価」だとかについて、私は実に否定的な印象を持っている。自分に出来る仕事なんてそう大したことではない。資格勉強もしていないし、特筆するようなスキルも持ってはいない。
私に何が出来るのかなんて、私が知りたいところだった。
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