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【体験録】お前は不正受給者だ! -2月編/20-

「実は昨日、家族から連絡がありまして」

 私は話題を切り替えるべく、声のトーンを無意識に変えて話していた。

「私が生活保護の受給を開始した旨を伝える通知が向こうに届いたそうです」
「ああ、あれね。どうだった、支援をくれるって?」

 もちろん支援をもらえるのであればその方が良いのかもしれない。税金を頂いているわけだし、自由に使うにはどうにも落ち着かないのだ。
 だがこちらでも書いた通り、実家の金銭事情は良くない。私はそれを説明した。

「なので、私はなるべく早く就職してひとまずの安定を目指したいと思います。そのためにはしばらく生活保護にお世話になろうと」
「そうねえ。確かに、その状況なら仕方ないと思うわ」

 しかしこれで終わらないのだ。

「ただ、ちょっとした言いがかりを受けてしまいました」
「言いがかり?」
「弟妹が『お前は不正受給者だ』と言って聞かず、話にならなくてですね……」

 これには就労サポーターも、隣でニコニコと話しを聞いていたメンタルケアスタッフも目を丸くして体を引いた。そして二人は一瞬目配せをして寸の間を呆然としていた。
 長時間にも渡った、弟妹とのあの不毛なやり取りを思い出すと全く腹が立って頭に血が上りそうになるのだが、私は冷静に努めようとした。

「もし弟妹が心身共に健康であるなら、名誉棄損で訴えるところなのですが」
 努めて冷静でいようとしたのであって、出来ているかどうかは別の話だ。

「不正受給じゃないと思うわよ。生活保護を受けられるかどうかを、きちんと確認してから始まるんだもの」

 就労サポーターは言いながらメモを書き込む。

「悪いんだけど、これは大事な話だから担当者に共有させてもらうわね」
「ええ、どうぞ」

「弟妹さんは、なぜそんなことを?」
 今までニコニコとして話を聞いていたメンタルケアスタッフは、その笑顔を半分ほど引っ込ませて眉をしかめていた。

 私はあくまで私側の見解だと前置きをしてから言った。

「家事が出来る人間がほしいだけなのだと思います。話を聞いていると何をしているのか分からないんですが、父の話を聞いていると少なくとも家事は出来ていないようです」

 どれだけ父と弟妹が私に『家事はしなくていい』と言ったとしても、信じるに値する状況ではない。部屋も片付いていないと言っていたのだから。
 さらに弟妹の捨て台詞は『お前と暮らしたくないから帰ってこなくていい』である。私の心配をしていたのではない、と判断するのはおかしいだろうか?

「弟妹はペット禁止のマンションに一人暮らしをしていながら猫を拾って飼い始める辺り、変だとは思っていましたが。あらゆる罵詈雑言でもって家に帰らせて家政婦をして欲しいのではないでしょうか。私は運転できますので、車があれば遠くへの移動もできますしね」

「ああ、それは……私はあなたのご家庭を深く存じませんが、可能性としては考えられますね」
 中立を保つ。良いポジションだ。

 だが私は少々ピンが外れてしまったようだ。冷静という二文字を探しながらも言葉を続ける。

「それに向こうへ行ってしまうと、ハローワークも役所も車で移動しなければ行けません。こちらなら自転車で十分行き来が出来ますし、戻らなければならない理由が一切ないと思っています」
 まくし立ててしまった。メンタルケアスタッフはうんうんと頷いてくれた。

「大変でしたね」
「……ありがとうございます」

 謎の疲労感。全く本当に息つく暇もなかった。家族が生活保護受給者になったことで取り乱してしまったのだろうが、最も堪えているのは誰なのかが見えないなら口を出さないで頂きたいものだ。

「僭越ながら、私の見解をお話しますと」
 メンタルケアスタッフはゆっくり、穏やかな笑顔をたたえながら言った。

「あなたはしっかり、前を見て再起を目指していると思います。実家の方へ帰るのも、確かに選択肢の一つですが、あくまで選択肢の一つです。それしかないということは、今のところないですね」

 就労サポーターも大きく頷いた。
 私はこれが示し合わせたものなのかどうかを思ったが、それ以上考えるのは止めることにした。勘繰っても仕方ない。もし異常であれば別のアクション、それこそ実家に帰らせるなりメンタルケアの病院を検討させるなりしただろう。

「私は、特に専門家の診断が必要な精神状態ではないと判断します。むしろ、とても強い意志をお持ちですので、就職活動を行うには十分だと思います」

 労働が嫌いだがそうも言ってられない。まずは食い扶ちを得て、そこから考えよう。諦めの感情も含まれて入るが、個人が希望するすべてを満たす就職先などないことは、誰もが分かり切っているところだ。
 諦めの頷きが私を揺らした。

「長引かせないようにしたいですからね。生活保護費は私ではなくて、本当に必要としている人に渡ってほしいと思います」
「素敵なことだと思うわ」
 就労サポーターは言って、満足気な笑顔を見せた。

「大丈夫よ、就職のサポートは任せなさい。今日は担当者が居ないから『不正受給』については私から明言できないんだけど、でもすぐに確認取らせるからね」

 もし私が意図せず不正受給をしていたらどうなるだろう。もちろん手持ちの金は返還しなければならない。確か罰金もあったはずだ。

 そうなったら崖っぷちどころじゃあないなあ。

 狭い個室の中、窓もないから外も見えないにも関わらず、私は天を仰いでいた。

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