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【体験録】一寸先すら見えてない -2月編/08-

 ここでの就労サポートというのは、あくまで私の在住する区での話である。仮名称であることも許していただきたい。

 私が出会ったこのサポーターも区の方針に従って動いている職員だ。このセンターには他にもメンバーがおり、担当している人間もそれぞれに違うそうだ。詳しくは聞かなかったが慣れている様子だし生活保護受給者も少なくないのだろう。

 もちろん私がそれだということも既に共有済みで、特にその部分で話が滞ることはなかった。
 ただ就労サポートといってもサポーターが職業の全てを把握しているわけでもないし、資格がどういったものかを把握しているわけでもない。あくまでサポート。主に動くのは就活する本人である。

「私が担当できる期間は、限りがあるの。就職活動で困ってる人はたくさんいるからね。基本的には半年です。希望があれば少し伸ばすけど、お断りすることもあります」

 ということは半年経っても復帰出来ない可能性があるということか。思考は勝手にマイナス方面の計算をしている。半年もこの生活を続ける気はないが、気分で抜け出せるものでもない。

「ここではどういった仕事をしてきたの? この資格はどういうものなの?」
 サポーターが説明している間に担当者が私の履歴書を預かり、印刷して戻ってきた。私の学歴と職歴、所有資格が共有される。

「どうして辞めたの?」
 サポーターに嘘を言っても仕方がないし、公の者を前に虚偽の発言をすれば不利になる。私は包み隠さず話した。個人特定につながってしまいかねないので、ここに書かないことを許していただきたい。

「CCNAってなに?」
「通信インフラに関する資格です。更新はしていないのでもう失効していますが」

 興味のない勉強程苦痛なものはない。よくある話だと思うが、会社に入社した際に取得するよう言われて勉強を進め、取得したが結局それに関わる仕事は回ってこなかった。

「じゃあエンジニアさんだったの?」
「いえ、それらしい専門的なことはしていません」

「運転免許があるのね。運転実績はある?」
「ありますが、こちらに越してからは車も手放しましたし全く運転はしていません」

 自分が口にする言葉でダメージを負っているきがした。「〇〇していません」なんて否定的な言葉、まるで何もできないかのようだ。今の自分で出来る仕事なんてあるのだろうか? そんな疑問が浮かぶ。

「パソコンが得意なのね」
 なかなか奇妙な日本語だ。WordやExcelのことだろうか?

「MOS関連の勉強はしていませんが、まあ多少は使えます」
「ンー、そう。分かったわ。ハローワークにIT出身者の知りあいがいるから、その人に繋いであげる。今月のスケジュールはどうなってるの? いつが空いてますか?」
「自分は働いていませんから、いつでも」
「あ、そっか! そうよね」
 サポーターは手帳を取り出した。

「ちょっと私の予定が詰まってるのよねえ。この日とかどう?」
「ええ、それで。早い方が良いので助かります」
 それから時間と待ち合わせ場所を共有した。

 それでも結局、一週間近く空いてしまうことになった。焦りがないこともないが、失業給付関連の手続きもまだ完了していない。合間合間に入ってきている。

「これから忙しくなるわよ」
 その予言は的中していたが、その時の私は全く予感していなかった。

「そうですね」
「風邪とか引いてない? 生活保護を受けてるうちに直しちゃった方がいいわよ」

 言われて、皮膚と歯の様子がよくないことを瞬時に思い出した。だが病院に行くほど重篤ではない。なにより医療扶助費も税金から出るのは分かっている。本来なら私が納めるべき金を納められず、逆に使ってしまうのは気が引けた。生活扶助費だって確かに多くはないが、不満なんか言えるわけがなかった。

 今の私は、あなたの払ってくれた税金で生きている。出来るだけ使いたくなかった。

 内情を隠しているつもりだったが、眉をしかめていた。担当者が気づかないはずもなかった。

「そうですね」
 担当者は言いながら頷き、言葉を続けた。
「私もその方がいいと思います。焦りもあるのは分かりますが、体調を崩すと長引いてしまいますし、就職活動にもいい影響を与えないし、いいことないですよ」

 仰る通りだ。

「分かりました」
「メンタルケア相談もできるけどどうする?」
 私は正常だと思っている時こそ、客観視が必要だ。
「お願いできますか」

 この判断も後日、正しかったことが分かる。しかし残念なことにまだ私は知らないので念のために不満を吐き出せる場を求めた程度の気分だった。

「もちろん! スタッフがいるから話つけとくわ。通院とかについては担当者に聞いてね。また次にお会いしましょう!」
 サポーターは戻る準備をそそくさと進め、席を立ち出て行った。次の予定が差し迫っていたのかもしれない。まるで台風が通り過ぎたかのように、その人は出て行った。その直後の沈黙の間までそっくりだ。

「ええと」
 担当者とは真逆の性質を持った人だということはよく分かった。

「あの、病院に行くときのこととか、あと……その、今後のこととかを……」
 私は担当者がこの人で良かったと思った。サポーターのような人ではついていけなかったし、生活保護の相談をしたときに対応してくれた女性職員も疲れてしまっただろう。

 この控えめにもそもそと喋ってくれるのが、今はなんとも落ち着かせてくれた。

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