【体験録】私は不正受給者なのか? -2月編/21-
メンタルケアスタッフとの面談のあと、私はハローワークへ向かった。とりあえずの形で作成した履歴書と職務経歴書を添削してもらうためと、あわよくばそれにマッチする職種でデータベースから探してもらうためだ。
外野からの野次を気にしている場合ではない。ここで折れている暇が惜しい。
作った履歴書と職務経歴書はパソコンで整えたものだ。このために印刷するのすら、痛い出費に感じられる。送付するための封筒だけでも譲っていただいたのは幸いだった。この後、証明写真と必要書類を入れるクリアファイル、そしてもちろん送料を必要とする。
金がないから働くのに、そのために必要な出費に過敏になる期間も、短い方が良いに決まっている。
添削用に印刷した履歴書と職務経歴書に赤ペンを入れてもらい、求人も二社ほど出してもらった。求人票の見方、それから検索する際に使えるキーワードなどを伝授してもらい、私は次の予定を入れさせてもらって今日は帰ろうとしたときだった。
スマートフォンに着信のログが残っている。生活保護の担当者からだ。
私はすぐに掛け直した。
『はい、担当者です』
「すみません、お電話頂いていたようですが」
担当者はすぐに応じてくれた。私がハローワークでアレコレやっている間に、就労サポーターが担当者を捕まえて例の件を早速報告したようだ。
『病院へ行かれたんですね。大きな病気じゃないようで、安心しました』
「はい、ありがとうございます」
『それで……聞いたんですが、その……ご家族の方に、不正受給者だと言われたそうですが』
担当者に直接聞く良い機会だ。
「はい。いろいろと詰られました。一つ一つ確認したいんですが、このままお時間頂いてもいいですか?」
『あ、はい。大丈夫です。確認って……?』
まず一つめ。私は不正受給に当たるのか? 担当者はあまり考える暇を必要とせずに言った。
『今のところは、そのような所見が見られません』
プロだなと思った。“今のところは”なんて言葉を使うとは。確かに今後は分からないし、後で何かが発覚するケースもあるのだろう。
『確かに生活保護のご相談に来られた時は、切羽詰まっておりましたし緊急を要してはいましたが、それでもすべての資料やあらゆる方面からも確認をしています。あなたは不正受給者ではありません。何かあればすぐに分かりますので』
何かあればすぐ報告だ。それを隠してしまうと罰金の対象となるし、生活保護を受けられなくなる。また、私は自己破産を並行しているため、弁護士や『法テラス』からも金の動きについては監視されている状況だ。
次に生活保護を受給した旨の通知を家族に送らないようにすることは可能か?
『それは出来ません。必ず、直結のご家族の方にお送りすることになっています。どんな事情があっても、大家族であっても、同じ家に住んでいようともお送りします』
これについて、例えば家族に中学生未満の子どもがいる場合や、成人したか否かにかかわらず学生である場合の話は聞いていない。基本的には社会人である家族に通知される。母、父、姉、兄、妹、弟。これに該当する人物に送られるのだ。
親戚に送付する場合もある。祖父、祖母、叔父、叔母、従兄弟(従姉妹)。親しくしている場合には送付される可能性が高い。私の場合は三月七日現在、家族のみにしか送付されていないようだ。これは来るか分からない支援を期待するよりも、私がすぐに就職すると意気込んでいることと実際に行動が伴っているからであると説明を受けた。
「通知にはいろいろ書いて、返送しなければならないようなのですが、自分はその紙面を見ていないのでなんとも回答出来ませんでした。これについては?」
『はい、勤務先の住所や名前はもちろん、収入額を記載する項目もあります』
おお、面倒くささについては流石に公の資料だ。完璧だな。
『ですが……』
ちょっと困ったように言葉を詰まらせてから、担当者は言った。
『返ってこない事の方が多いですよ。白紙のままで帰ってきたこともあります。これは家族間の問題ですので我々では介入出来ません。無理に支援しろと言っているわけではないですし、ご勤務先へ連絡したりご自宅に連絡したりすることもありません。出来ないなら出来ないでいいんです』
困窮していながらも家族ではなく生活保護を頼っている時点で、家族や親戚からの協力は期待薄である。中には支援すると申し出る家族もいるそうだし、私の家族も表面上はそう言ってはいた。この通知の回答によって、生活保護を受けられるか否かが決まると言っても良い。
もし家族や親戚が『支援する』と返答した場合、受給者本人が拒否をしても生活保護は打ち切られ、その支援を申し出た家族や親戚に頼る流れになるそうだ。
『あ、もちろん支援すると言っても、経済状況が良くないと判断された場合はこの限りではありません。今回のケースも該当します』
私の場合。精神的な病で働けない、家事も出来ない弟妹が一人。ネコが一匹。これを父が一人で支えている。父は今年二〇一九年で六五歳を迎えてしまうため、状況が良くなる見込みは薄い。
ここでさらに私への支援は、固く絞った雑巾からさらに水を絞り出すようなものだ。
ともすれば私が実家へ帰るべきだという声を受けるだろうが、家庭内事情を知っているのは家庭内の人間だけだ。私の人生を決めつけないで頂きたい。
『人の数だけ事情がありますからね』
担当者はわずかに笑みを含んだ声で言った。それは軽く聞こえるが重たく響いた。
この担当者は私とあまり年齢も離れていないはずだが、業務の都合上出会う人種に大きな偏りが出来てしまう。
「そうですね」
私はそんなありふれた返事しかできなかった。私はまだまだ薄っぺらい人間である。
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