見出し画像

統一地方選挙に思うこと③ -杉並区選管ボートマッチ断念についての考察

 東京新聞に掲載された「まちかどの民主主義」の中から地方自治、政治参加の在り方に関する記事について考察して参ります。3回目の今回は杉並区選挙管理委員会が提起したボートマッチ断念に関する考察になります。

杉並区選管ボートマッチ断念の経緯

(「べからず」集である公職選挙法の弊害の表れだ。)杉並区選挙管理委員会は4月23日に選挙予定(4月16日告示)の区議選において、投票率の向上を目指して有権者と候補者との一致度を示すボートマッチをネット上で行うことを試みた。これに対し、総務省は2月14日に候補者の平等、公正な扱いに問題があるほか、特定公務員の選挙運動を禁じる公職選挙法第136条に反し、訴訟で選挙が無効になる可能性があるとした通知を都道府県選挙管理委員会に通達した。この総務省通知を受けて同区選管は翌日実施の中止を決めた。(※1)

 同ボートマッチについては、杉並区議会本会議で、「(ボートマッチ)は行政機関が争点と投票の判断基準を任意に限定し、特定候補に誘導する」といった意見があった。(※2)また、憲法、選挙法が専攻で立命館大学教授の小松浩はボートマッチは有権者を特定政党、候補者に誘導することは避けられず、公選法で禁止されている投票依頼、選挙運動と受け取られかねないとして、選挙の中立公正を担保すべき公的機関の主導は問題であるとの見解を示している。(※3)

 東京新聞の取材によると、杉並区選挙管理委員会は、国、専門家への正式な照会はしていなかったものの、事務レベルにおいて東京都選挙管理委員会、総務省とやり取りをしていたが、今年になってから総務省より公職選挙法上の疑義があるとの見解が伝えられたという。(※4)ボートマッチ中止を受け、杉並区選挙管理委員会委員長の与川幸男は混乱を招いた責任を取るとして委員長を辞任した。(※5)

公明かつ適正な選挙のあり方とは

 総務省はボートマッチが公職選挙法に反する根拠条文として、以下の同法6条、136条を挙げた。

(選挙に関する啓発、周知等)
第6条 総務大臣、中央選挙管理会、参議院合同選挙区選挙管理委員会、都道府県の選挙管理委員会及び市町村の選挙管理委員会は、選挙が公明かつ適正に行われるように、常にあらゆる機会を通じて選挙人の政治常識の向上に努めるとともに、特に選挙に際しては投票の方法、選挙違反その他選挙に関し必要と認める事項を選挙人に周知させなければならない。
2 中央選挙管理会、参議院合同選挙区選挙管理委員会、都道府県の選挙管理委員会及び市町村の選挙管理委員会は、選挙の結果を選挙人に対して速やかに知らせるように努めなければならない。
3 選挙人に対しては、特別の事情がない限り、選挙の当日、その選挙権を行使するために必要な時間を与えるよう措置されなければならない。
(特定公務員の選挙運動の禁止)
第136条 次に掲げる者は、在職中、選挙運動をすることができない。
1 中央選挙管理会の委員及び中央選挙管理会の庶務に従事する総務省の職員、参議院合同選挙区選挙管理委員会の職員並びに選挙管理委員会の委員及び職員(※6)

ここでの争点は、ボートマッチが「選挙が公明かつ適正に行われるように、常にあらゆる機会を通じて選挙人の政治常識の向上に努める」にある公明かつ適正かということにある。おそらく、総務省、ボートマッチで疑義を示した区議会議員は、選挙管理委員会主催のボートマッチは選管が恣意的にボートマッチでの政策、論点を決めることになるから「公明かつ適正な選挙」に反するものであると考えたのだろう。

 確かに選挙管理委員会の委員や事務局サイドが争点を考える点においては、ボートマッチをそのまま実施することに問題はあった。ただし、どういった政策を争点とするべきかを、公明性、適正性を確保するような方法で決めることができるのであれば、総務省などが指摘された問題は解消されるため、ボートマッチを選挙管理委員会が実施主体として行うこと自体は問題がないのではないか。

 例えば、選挙の半年前から3ヶ月前までの間に選挙管理委員会が事前にパブリックコメントの形で、次回の選挙の争点として掲げるべき問題を広く住民に公募し、集まったパブリックコメントに基づく争点候補を議会に示し、議会の同意を得た上で、ボートマッチに掲げる争点を提示するという形でも公明性、適正性を確保しているとは言えないのだろうか。厳密に言えば、パブリックコメントの内容を決定する過程において議会外の意見が反映されていないという批判はあるかもしれない。ただ、争点となったもの、争点から外れたものについて、議会及び選挙管理委員会その責任において理由、根拠を含めて内外に明確に説明するのであれば、公明性、適正性は担保されているものと考える。(※7)

広く政治における争点が議論される環境整備を

 以上の問題点を解決できれば、ボートマッチを公的機関が行うことの意義は大きい。政治意識論が専攻の埼玉大学名誉教授の松本正生は自治体の選挙では有権者の判断材料になる情報が不足しがちであり、自治体自らが選挙の争点を明らかにできるボートマッチを実施するのは画期的な試みであるとして、積極的な評価をしている。(※8)

 松本が指摘するように自治体選挙の投票率が低い傾向にあるのは有権者が争点とすべき判断材料が少ないことにある。私はここに今回のボートマッチの差し止めを求めた公職選挙法の「べからず集」の弊害を感じずにはいられない。公職選挙法が公正性、中立性の名の下に政治における争点が議論されにくい状況を生み出している可能性も踏まえ、政治に対する議論が活発化しやすい環境整備を整えることが必要なのではないか。

- - - - - - - - - - - - - - -

 いかがだったでしょうか。「まちかどの民主主義」は今回で終了ですが、次回は統一地方選挙に関連したテーマとして、共同通信が全国の地方議会議長を対象に行ったアンケート調査内容について考察したいと思います。

私、宴は終わったがは、皆様の叱咤激励なくしてコラム・エッセーはないと考えています。どうかよろしくご支援のほどお願い申し上げます。

脚注

(※1) 2023年2月16日 東京新聞 朝刊1面

(※2) 2023年2月14日 東京新聞 朝刊1面

東京都杉並区選管 区議選でのボートマッチを断念 「公選法に抵触の恐れ」総務省が懸念通知:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

(※3) 2023年2月16日 東京新聞 朝刊 24面

(※4) 2023年2月16日 東京新聞 朝刊 24面

(※5) 2023年3月2日 東京新聞 朝刊 20面

杉並区選管の委員長が辞職 ボートマッチ中止の引責で:東京新聞 TOKYO Web (tokyo-np.co.jp)

(※6) 公職選挙法 | e-Gov法令検索

(※7) そもそも公職選挙法の条文が極めて抽象的であり、中央省庁の恣意的解釈の余地を出していることも問題であろう。本文でも触れたが、日本の公職選挙法はそもそも「べからず集」であり、法について実務を理解している人物がいない限り、一般市民が簡単に選挙に参画できるような仕組みにはなっていない。そうした意味で公職選挙法自体の在り方も問われるべきであろう。

(※8) 2023年2月14日 東京新聞 朝刊 1面

参考資料
・粟屋憲太郎著「昭和の政党」-昭和の歴史 6- 小学館 P143~P144
・「不可思議な規制だらけ戦前からの公職選挙法」https://wedge.ismedia.jp/articles/-/2978?page=2

サポートいただいたお金については、noteの記事の質を高めるための文献費などに使わせていただきたくよろしくお願い申し上げます。