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天使の骨盤


 天使の骨盤は、ヒトのそれと同様、左右一対の寛骨、及び仙骨と尾骨の各一個によって構成され、寛骨はまた腸骨と坐骨と恥骨の三部位に分けられる。左右の腸骨の上外方に広がる扁平な部分を腸骨翼と言う。 

星雲間インターネビュラ天使学』第19巻「標準天使骨学」より
火星の北極冠


 天使の骨盤は、単独で自立生活が可能であるから、幼生期には他の身体部位と離れて、火星に骨盤だけのコロニーを形成している。火星の北極冠の広大なドライアイスの氷原を群れをなして滑走しながら、左右の腸骨から翼が生え出て来るのを待つのである。将来翼となる骨芽細胞の増殖が始まり、十分に成長発達した暁には、天使の骨盤は翼を羽ばたかせて氷原から次々に離陸し、火星の重力圏外へ飛び出すと、尾骨の方向舵を巧みに操りながら、大挙して地球に飛来するのである。
 ところが、地球の大気圏突入時の空気との摩擦熱で、翼はあっさりと燃え尽きてしまい、その痕跡として左右の腸骨翼だけが残される。翼を失った天使の骨盤は、当然ながら地上にボトボト落下して堕天使骨盤となるが、間髪を置かずに私や貴女の頭部に襲い掛かり、それらを咥え込んで自らの骨盤腔に内蔵するのである。

 そのような次第で、私の頭部はメスの天使の骨盤に下方からズッポリと嵌まり込んでいる。メスの天使の骨盤腔は、ヒトの女性のそれと同様、上方から見ると楕円形をした筒状空間であるから、私の間脳の、左右のちょうど外側膝状体あたりが楕円軌道の二つの焦点となり、その周りを役立たずのフェアリーどもがピコピコ発光しながら公転しているのである。
 メスの天使の骨盤は、しばしば前触れなくフンムッと息み出し、私の頭部を膣口から外界に分娩する。出産された私の顔面は産道の粘液にまみれ、湯上がりのウミウシとなって産声を発する。お、ギギ、ギア! ところが、外界に産み出された私の頭部は、すぐにまた膣口から骨盤腔内にズルッと引き戻され、元の位置に収納されると、再び役立たずのフェアリーどもがピコピコ公転し始めるのである。

 では、貴女の頭部とオスの天使の骨盤との関係はどうなっているのだろうか。貴女の頭部も、オスの天使の骨盤に下方からズッポリと嵌まり込んでいる。オスの天使の骨盤腔は、ヒトの男性のそれと同様、上方から見るとハート形をした筒状空間であるから、思うに古来より女性がハートのシンボルマーク(いわゆるスキ❤️マーク)を偏愛するのは、このあたりの事情に由来する宇宙的郷愁感情の一種ではなかろうか。心臓の形の抽象図案化という俗説の流布は、我々から天使の骨盤の存在を隠蔽するための陰湿極まる策略である。

 それはさておき、オスの天使の骨盤もメスのそれと同様、いきなりウオオオッと息み出すと、貴女の頭部を肛門から外界にひり出す。ほ、ほんギギ、ギァ! その時、貴女の顔面は当然ながら糞便と腸内粘液にまみれている。だがこの次第は、決して貴女の女性及び人間としての尊厳を貶めるものではない。なぜなら膣よりも肛門の方が、精神性と抽象性において優れていること(注1)は、古来より詩人の間では常識であるからだ。いわんや天使の肛門においてをや。
 
 外界にひり出された貴女の頭部は、私の場合と違って湯上がりのウミウシに変態することはなく、糞便まみれにも関わらず、気分の方はすこぶるスッキリ爽やかである。しかしそれも束の間、私の場合と同様に、貴女の頭部はすぐに肛門に引き戻され、再び骨盤腔内に収納される。この時はいささか無理やりにであり、貴女の顔面は相当なストレスを蒙るのだが、思うに肛門の方もかなりの疼痛があるのではないか。何にせよ、いったん内部に嵌まり込んでしまえば、骨盤腔のハート形が貴女を癒してくれるわけだ。


 雌雄の天使の骨盤が、何ゆえこのような、一見して無意味な活動を繰り返すのか。実はメタ量子重力多世界宇宙論はおろか、星雲間インターネビュラ天使学においても何一つ確かなことは分かっていない。解明にはまだまだ時間がかかるのであろうが、一説によると、私達の心身のリフレッシュに関係しているのではないかとも言われている。しかしそれにしては、貴女の場合に見られるような、再び外界から肛門を経て骨盤腔に戻る時のストレスの存在は不可解である。男性である私の場合は特に問題は無い。何故なら、かねてより私の頭部は湯上がりのウミウシになりたいと切に願っていたからだ。もっと言えば、男性で頭部が湯上がりのウミウシになれたならと願ったことのない者は、まず一人もいないだろう。積年の願いが叶ったわけである。もっともごく短時間の変態を繰り返す形でしかないが。

星雲間インターネビュラ天使学』(kindle版 第1巻)表紙画像


 いささか長くなってしまったが、以上が天使の骨盤の活動のあらましである。最後に次のことを付け加えて、この項を終わりとしたい。

 天使の骨盤は、七色に透きとおったピスキス・アウストリヌス座ウエハースに似て、美しく脆く儚い風情をしており、生温かく柔らかな海豚座マシュマロウに似た大・小腸及び膀胱・子宮等の骨盤内臓器と共に、珍味としてグルメ愛好家にたいそう好まれてきた。しかしこれは、名状し難い根本偶然に直面すると、あたかも催眠術にかかったようにコロリと夢見がちになってしまい、お花畑な妄想でしばしば道を踏み間違える呆れた人類の大俗説である。奴らは幼生の頃からイリコやチリメンジャコが大好きで、しょっちゅう貪り喰っているため、思いのほか骨が硬く、骨盤は相撲取りよりも遥かにガッチリしていて頑丈である。いやその硬いこと硬いこと。こんなの食べようにもどうにも歯が立たない。グルメ愛好家が食べたと信じているのは、恐らく一角獣座骨盤ウエハースを成形加工した偽物であろう。悪質なネット直販業者に騙されないためにも、江湖に注意を促しておきたい。そもそも股間に喰われているのはこちらなわけだし、天使の骨盤は食用には適さない。

(この項、了)



ふうん、そうなんだ‥‥
そうなのよ~ん

▼ エンディングテーマ:『堕天使』King Crimson

ウミウシ君(湯上がり前)

(注1)稲垣足穂著『少年愛の美学』等を参照のこと。


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