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桜と猫とココナッツサブレ #シロクマ文芸部

桜色の絨毯に横たわった真っ白な子猫。

あぁ、私のせいで死んだ子猫。



私の実家は敷地が広く、桜並木があった。
桜が散り始めると地面に花びらが敷き詰められ、絨毯みたいだなと思っていた。


うちの物置に住み着いていた野良猫は、桜の蕾が膨らむ前に子猫を出産し、その子猫も花びらが散る頃に楽しそうに桜の絨毯の上を歩いていた。


私は子猫が歩いているのが可愛くて可愛くて、いつも追いかけまわしていた。
ただその子猫は私になかなか懐かず、私が追いかけているだけだった。

その子猫の母猫は、鋭い目つきで少し距離を取った場所から私たちを刺すように見ていた。


子猫を触ろうとすると、「絶対に触るな」とお母さんは怒った。

「どうして触っちゃいけないの?」
「野良猫は子猫を触られるのを嫌がるの。母猫は人間に触られて人間の匂いがついた子猫を殺すこともあるからね」

子どもながらに、こんな可愛いのにその可愛さを独り占めするのはずるいと思っていた。


ある日小学校から帰ったあと、お母さんが家にいないことを確認しココナッツサブレを子猫にあげた。

子猫は美味しそうに食べてくれ、私が撫でることを許してくれた。
アニャアニャアニャとと咀嚼音を立てながらサブレを食べる子猫がだまらなく愛おしくなり私はその子猫を抱き上げた。

子猫は嫌がり私の腕からするりと抜け落ちココナッツサブレを食べることに専念した。

桜が舞う春の心地よい日、
春風が私の頬を撫で、
私は愛くるしい子猫の頭を撫で、
私は私なりの幸福を感じていた。


次の日もランドセルを乱暴に机へ置き、ココナッツサブレを持って外に出た。
桜の絨毯へ向かう。

何か白いものが落ちていた。

近づくと、そこには、私に見せつけるかのように昨日まで可愛かった子猫が横たわっていた。

あぁ、殺されたんだと一瞬で分かった。

お母さんの「母猫は人間に触られて人間の匂いがついた子猫を殺すこともある」という言葉が脳裏に危険信号のように浮かび上がる。

「ごめんね、ごめんね」
子猫死体が怖く近づけず、ただ泣きじゃくる私は背中に視線を感じる。
どこかで母猫が私を見ているのだろう。

それからはあまり覚えていない。
パートから帰ってきたお母さんが子猫を埋めてくれたらしい。

お母さんはその後も私を咎めなかった。

「お母さんもね、昔野良猫が子猫を産んだらよく遊んでたの。いつも子猫はすぐいなくなっちゃうんだけど、おばあちゃんが死んだ子猫を見つけたら埋めてくれてたって教えてくれたのよ」

お母さんは淡々とそう教えてくれた。

桜の季節はいつも私の業を思い出させてくれる。
ごめんね、クリーム。


▼以下の企画に参加しました!

小さい頃私の家には野良猫が住み着き、
毎年春と秋には子猫を物置へ産んでいました。
私はよく妹と子猫を探し出し、楽しく遊んでいました。
母が遊んじゃダメという理由をちゃんと理解せずに。

母はよく埋めてくれていたようです。
本当にごめんなさい。
クリームへのせめてもの弔いに。

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