【独自取材】明日なき非正規公務員:会計年度任用職員の現実

「会計年度任用職員」と聞いて、何のことかすぐに理解できる人は、決して多くはないだろう。しかし、『役所で働いているパートさん』と言えば、想像がつく人も多いのではないだろうか。

公務員というと、安定した職業というイメージが強い。しかし、そのイメージの裏で、日本全国の自治体において、特殊な形態の公務員が存在している。地方公務員法第22条の2に基づき、任期付きの公務員として任用される非正規職員。それが会計年度任用職員だ。

身近な役所の職員にも、非正規で働いている人がいる。そうした話は、私自身も何度か耳にしていた。しかしその実態は、一般的に『公務員』と言われて連想するような安定したイメージとは大きく掛け離れている、ということは、私自身も最近まで知らなかった実態だ。

原則として単年度のみ、再任用の上限期間も僅か3年のみの、不安定な雇用形態。自治体によって異なる傷病休暇や生理休暇の取得ルール。一日6時間、週5日の勤務でも、慎ましい一人暮らしすら叶わない低賃金。閉ざされたキャリアと将来性。時として正規職員と同様の責任を担いながらも、その処遇には大きな格差が存在する。

こうした会計年度任用職員の実態は、しばしば見過ごされがちである。彼女ら彼らは、自治体のさまざまな部署で公務を担い、日々の公共サービスの提供に不可欠な役割を果たしている。にもかかわらず、その雇用条件は非正規職員としての不安定さを抱えている。この実態は、社会的な課題として注目に値する。

本稿では、某自治体で会計年度任用職員として働く「りほ」さんへの取材をもとに、国内外の事例を照らし合わせながら、日本の公務員制度における非正規雇用の現状とその改善策について考察する。

公務員制度の中で生じている非正規雇用の問題は、単なる雇用形態の問題に留まらず、労働者の権利、社会保障、公共サービスの持続性と信頼性といった、広範な社会問題に関わる。この記事を通じて、会計年度任用職員の実情を伝え、社会全体として対応を考えるきっかけを提供したい。

願わくば本稿が、会計年度任用職員制度の課題解決を推し進める、その一歩に貢献できれば幸いである。

1:会計年度任用職員の実態

りほさんは、とある自治体で会計年度任用職員として勤務する20代の女性だ。彼女の実体験からは、この制度の抱える根深い問題が垣間見える。

「傷病休暇や生理休暇は無給なんですよね。退職金もありません。」

取材の冒頭、りほさんはそう切り出した。有休を削らないと傷病休暇や生理休暇が取得できない。全自治体に一貫したルールは存在せず、地域によって異なる―――未だ認められていない自治体もある。

こうした福利厚生だけではない。会計年度任用職員は、賃金水準も決して高くはない。自治体問題研究所が2023年に行ったアンケート調査の結果では、回答者の約60%が年収200万円未満だったと報告されている。かつ、約86%が女性である[1]。

「同一賃金同一労働が、できていない現状があるのかな…」

彼女はポツリと、そう呟いた。

“非正規の公務員”と言えども、業務の中で、正規職員とまったく同じ内容の仕事を担う場面もある。たとえば、首長の印鑑を書類に押す手続きだ。

「貴重な書類をお預かりすることも多いんです。住民の方の個人情報が入った書類だったりとか。事務作業と言っても責任がありますし、そこに正規・非正規の違いはないと思います。」

公務を担う責任と矜持を持って、日々、職務に臨む。そのことに違いは無いにも関わらず、待遇には著しい差がある。それが会計年度任用職員の実態だ。

1-2:"三年縛り"の不安定さ

雇用の安定性の問題についても、りほさんは不安を口にした。

「会計年度任用職員は、原則として三年縛りなんです。四年目以降も続けて再任用されるかは、自治体の判断によります。」

また、再任用されたとしても勤務時間が削られるケースもあるそうだ。長年、会計年度任用職員として同じ職場に勤める先輩の中には、「再任用は決まったけれども、予算の都合で勤務時間を削られた人もいる」と明かしてくれた。

1-3:形骸化する再任用の面談

仕事を続けられるかどうかは、働く人々にとって一大事だ。しかし、それを決める再任用の面談が形骸化している実態についても、りほさんは話してくれた。

「再任用を決めるにあたって、能力と評価の面接があります。でも、私が見る限りでは、ただの形式的な手続きになってしまっているように思えてなりません。」

こうしたところに行政コストの無駄が生じているのではないか―――と、彼女は疑問を示した。

1-4:能力や経験が反映されない給与体系

そうした形骸化した面談がある一方で、能力や経験が給与に反映されないことにも問題意識を持っている。

「家族に扶養してもらう前提の給与体系になっているんじゃないでしょうか。奥さんがパートに出て家計を支えたり、年金暮らしの人が生活費の足しにしたり。」

その実態として、一日6時間、週5日勤務でも、家族の支援なしには生活が成り立たない給与水準がある。「せめて一人暮らしをできる程度の賃金になってほしい」と、りほさんは率直に語った。

1-5:『正規職員でも給料が低い』:問われる公務員のパーパス

りほさんの語る実体験は、一般論として指摘されている課題が、決して杞憂ではないことを示している。

この問題は、非正規公務員の経済的な自立を阻害するだけでなく、労働市場における女性の地位を低下させる要因ともなっている。多くの女性がこの職種に就く中で、給料体系が彼女たちの生活とキャリアの選択肢を限定している。

しかし一方で、これが女性に固有の課題、あるいは非正規公務員だけの問題だと捉えてしまうことは、問題の構造を矮小化することにもつながりかねない。りほさんは指摘する。

「私たち非正規の給与が低いのもそうですが、かといって正規職員の方でも、給与が高いわけじゃないんです。非正規職員の給与を上げるためには、正規職員の給与も見直す必要があると思います。」

こうした問題は、単に個々の職員の生活水準に関わるだけでなく、公務員制度全体の公平性と持続可能性にも影響を及ぼすだろう。会計年度任用職員のような非正規雇用が拡大する中で、給与体系の公平性と透明性の確保は、公務員制度の信頼性を維持するために不可欠である。そうした広いパーパスとスコープを持って、この問題を問い直す必要がある。

1-6:無期転換ルールもない、閉ざされたキャリアパス

りほさんの語る会計年度任用職員の不安は、その将来にも及ぶ。

「私たちは、無期転換ルールも無いんです。」

それを知ったとき、「うわぁ」と思った、と率直に彼女は語った。

無期転換ルール。民間の非正規雇用であれば、通算5年間の雇用継続で、労働者の申し出により無期雇用(正規雇用)に転換されるルールだ。しかし、このルールはあくまで労働契約法の枠組みによって定められている。公務員法体系に位置づけられる会計年度任用職員は、その対象外だ。

毎年度、再任用されるかどうかわからない。されたとしても原則三年。労働時間が削られる可能性もある。無期転換ルールもない。文字通り、明日が見えない。

長期的なキャリアプランを立てることの難しさに、りほさんだけではない、多くの会計年度任用職員が直面している。

1-7:透明性の問題-「入庁するまで知らなかった」

このように、会計年度任用職員は、様々な課題に直面せざるを得ない働き方であると言って良いだろう。もちろん、「それをわかっていて会計年度任用職員になったのでしょう?自己責任では」と言いたくなる節もあるかもしれない。しかし実態としては、そうとも言えない現実がある。

会計年度任用職員に応募した際、こうした処遇や給与体系、雇用条件に関する説明はあったのか、りほさんに率直に聞いてみた。就職した時のことを思い出しながら、彼女はこう語ってくれた。

「求人票が出ていて、それを見て応募したんです。でも、その求人票には、『予算により勤務条件が変更する場合があります』としか書かれていませんでした。その時は、『そんなこともあるのか』ぐらいの考えで。入庁してからただ、勤務条件通知書(雇用契約書のようなもの)を渡されただけで、それにサインしました。勤務条件を見て疑問に思い、勤務実態がこうなっていることは自分で調べて、ようやく理解しました。まわりの同じ立場の人たちも、そんな感じです。」

ここに私は、明確に違和感を持った。
給与体系、雇用形態、福利厚生。こうした諸条件は、働き始める前に説明があって然るべきではないか。説明があり、互いに納得した上で結ぶのが、労使関係ではないのか。十分な説明もなく、入ってみて、自分で調べて、ようやくわかった―――あまりにも心もとない処遇であると。この現実に、大きな疑問を抱かずにはいられない。

2:会計年度任用職員という“法の狭間”の存在

不安定な雇用形態。一人暮らしすらできない低賃金。自治体間で異なる福利厚生。能力や経験が処遇に反映されず、キャリアパスも見通せない。そうした実態について説明もないまま採用を行っている実態。会計年度任用職員は、一体なぜ、『官製ワーキングプア』とも呼ばれる存在になってしまったのか。

そこには、法整備の欠如と、運用上の問題があるのではないだろうか。

2-1:法体系の狭間でー公務員法体系と労働法体系の違い

近年、いわゆる非正規労働者の処遇改善やキャリアアップについては―――未だ不十分ではあるものの―――問題が可視化され、改善が進みつつある部分も認められる。有期雇用の無期転換ルールや、キャリアアップ助成金などの支援制度の拡充は、国会でも度々議論され、法と制度の改善が進んできた。

しかし、同じ非正規と言えども、会計年度任用職員はその枠組みに含まれない。彼女ら彼らの立場は、地方公務員法第22条の2によって定められている―――労働法体系ではなく、公務員法体系に位置づけられる存在だ。

従って、労働法体系の枠組みの中で進む非正規労働者の処遇改善の恩恵は、会計年度任用職員には届かない。

2-2:会計年度任用職員制度の創設時の問題

ここで一度、会計年度任用職員制度が創設された背景を振り返ってみよう。

この制度は、『地方公務員法及び地方自治法の一部を改正する法律 (平成29年法律第29号)』によって創設され、令和2年4月1日より施行された。では、なぜ法改正が必要だったのだろうか。どのような意図で、立法府は、この制度を作ったのだろうか。

会計年度任用職員制度が創設される以前より、臨時・非常勤の職員は存在していた。しかし、本来は「特別職」として、専門性を有する人材を登用するための制度であったはずが、通常の事務職員も「特別職」で任用される実態が存在した。また、「特別職」は地方公務員法の適用対象外とされており、守秘義務等の観点からも懸念が生じる状況であった。こうした問題を解決するべく、従来の「特別職」を公務員法体系の中に位置付ける必要性から、会計年度任用職員制度が創設された[3]。

つまり、ここには二つの課題があったことが見て取れる。

1:本来は専門性を有する人材を登用するための「特別職」が、通常の事務職員の採用にも使われてしまっていた。
2:「特別職」が地方公務員法の適用対象外であり、守秘義務等が課されないことに懸念があった。

会計年度任用職員制度の創設により、公務員法体系に位置付けられたことで、「2」の問題は解決した。しかし、「1」の問題は解決していない。

専門性を有する人材を、臨時の公務員として登用するための制度だったものが、理念と異なる運用をされ、その過ちをそのまま法制化してしまったものが、会計年度任用職員制度ではないだろうか。

2-3:背景にある「慢性的な人手不足」

こうした問題について、りほさんは実体験を語る。

「そもそも、私たちの職場は慢性的な人手不足なんです。ほかの自治体や役所もそうだと思います。『人手が足りないから、とりあえず入って』という感じで。」

ただ単に人手不足を解消するために、会計年度任用職員が任用されている。その背景にあるのは、公務員の慢性的な人手不足。これこそが、根底にある“課題の本質”ではないだろうか。りほさんの語る実体験は、そうした示唆を含む。

3:海外事例からの考察-EUにおける有期労働契約指令との比較

我々は―――オンライン取材は、いつの間にか当事者ヒアリングから政策調査の様相に変わっていた―――非正規の公務員について、海外事例にも目を向けた。

・米国の「臨時雇用(Temporary Employment)」
・英国の「固定期間契約(Fixed-Term Contracts)」
・欧州連合(EU)の「契約職員(Contractual Agents)」

このように海外にも非正規の公務員や、それに類する働き方があり、そして日本の会計年度任用職員制度と同様の課題を抱えている。低賃金、不安定な雇用、見通しのつかないキャリアパス。しかし、これらの諸課題に対して、改善の取り組みが進んでいるのも事実だ。

3-1:Directive 1999/70/EC - EUにおける有期労働契約指令

我々はその中でも、EUにおける有期労働契約指令『Directive 1999/70/EC』に着目した。有期労働契約に対する基本的な指針を示したもので、民間セクター、公的セクターのどちらの有期雇用者も含め、広範囲に適用される。

指令の主な焦点は、無期契約を原則とし有期契約の濫用を防ぐこと、有期契約労働者が無期契約労働者と比べて不利な扱いを受けないようにすること、透明性の担保などに当てられており、具体的な措置を講じることを加盟国に求めている[4]。

このような、有期契約労働者の権利保護のために特化した法令は、我が国においてはパートタイム・有期雇用労働法が挙げられる。しかし公的セクターで働く非正規雇用者、すなわち会計年度任用職員の権利保護においては、総務省からの通達があるだけだ[5][6]。

「こういう決まりって、日本には無いんですよね…。総務省から通達は出ているんですけれど…私たちについて定めた法律は地方公務員法22条の2だけで、その中身も権利を守るというより、単に手続きを定めただけって感じですし…。」

Directive 1999/70/ECと地方公務員法22条を比べながらそう話すりほさんの表情は、どこか悔しさを感じさせた。

4:改善に向けた要望

取材の最後に、りほさんに問いかけた。様々な問題のある会計年度任用職員制度。今後、当事者として、どのようになって欲しいと希望するか。淀みなく彼女は答えた。

「とにかく、一人暮らしができる賃金体系に改善して欲しいです。6時間勤務からは特に。働き方は自由に選べる形で良いと思うんです。でも最低限、1日6時間、週5日勤務で働くなら、暮らせる賃金体系にしてほしい。」

「お金持ちになりたい、とかじゃないんです。生活ができるレベルのお給料が欲しいだけなんです。」

「雇用の安定についても、改善してほしいところです。毎年毎年、続けられるかどうかわからないので。労働契約法の趣旨を適用して、無期転換ルールみたいな仕組みが欲しいです。」

「毎年の再任用の手続きを減らすことが、行政負担の軽減にもつながるはずです。採用と契約更新の公正な基準を、自治体ごとにバラバラではなく、しっかりと明確に作ってほしい。ふわっとした雰囲気で更新しているんですよね、現状は。そうではなくて、明確で透明なルールと、能力や経験がちゃんと待遇に反映される仕組みが欲しいです。」

「行政版リスキリング、公務員版リスキリングも欲しいですね。そうした取り組みを進めている自治体もあると思いますが、私の職場には現状まったくありません。たとえば、会計年度任用職員を務めて、実務経験を積みながら、公務員資格を取得して正規職員を目指せるようなキャリアパスがあれば、頑張れると思います。」

5:おわりに ― 会計年度任用職員制度の改革に向けて

本記事では、会計年度任用職員である「りほ」さんの声を通じて、公務員制度の中で生じている非正規雇用の問題にアプローチした。彼女の経験は、公務員としての責任と義務を担いながらも、不安定な雇用と不公平な待遇に直面している非正規公務員の現実を浮き彫りにする。こうした現実を多くの人に知っていただくことが、まず課題解決の第一歩ではないだろうか。そうした考えのもとに、本記事を執筆した。

また、EUのDirective 1999/70/ECをはじめとする国際的な事例は、日本における会計年度任用職員の問題解決に向けた有用な指針になり得ると考えられる。これらの国際的な事例と基準をさらに研究することは、非正規雇用の公平性と安定性を高める改革の推進力となるだろう。

りほさんのような会計年度任用職員の声に耳を傾け、処遇改善を図ることは、公共サービスの質を高め、公務員制度の信頼性を保持するためにも重要だと考える。彼女ら彼らが直面する課題への対応は、単に個々の労働者の生活の質を向上させるだけでなく、社会全体の福祉と公正性に貢献するはずだ。

公共サービスは、誰にとっても他人事ではない。それを支える会計年度任用職員の直面する問題は、私たち全員にとっての課題であり、それに対する解決策の模索は、より公平で持続可能な社会を築く一歩となるだろう。その歩みを進めるにあたって、本記事が、僅かでも貢献できれば幸いである。

(了)

執筆・聞き手:Utoka(@utoka_da4)
語り手:りほ(riho_tkb
取材・執筆支援:ChatGPT model-4


参考文献:

[1] 佐賀達也(2023).『全国アンケートから見えた自治体職場における会計年度任用職員制度の問題点』月刊『住民と自治』 2023年4月号.自治労連中央執行委員

[2] 『【連載・非正規公務員に明日はあるか④】任用職員の8割が女性 年収200万円以下は5割超 「女性で非正規、二重の差別構造がある」』,南日本新聞,2021/11/23
https://373news.com/_news/storyid/146988/

[3] 『地方自治法の一部を改正する法律について (会計年度任用職員制度関係)』,令和5年5月30日(火) 総務省自治行政局 公務員部給与能率推進室
https://www.soumu.go.jp/main_content/000889532.pdf

[4] Document 31999L0070 ; Council Directive 1999/70/EC of 28 June 1999 concerning the framework agreement on fixed-term work concluded by ETUC, UNICE and CEEP
https://eur-lex.europa.eu/legal-content/EN/TXT/?uri=CELEX:31999L0070

[5] 『パートタイム労働者、有期雇用労働者の雇用管理の改善のために』,厚生労働省
https://www.mhlw.go.jp/stf/seisakunitsuite/bunya/0000046152.html

[6] 『会計年度任用職員制度等』,総務省
https://www.soumu.go.jp/main_sosiki/jichi_gyousei/koumuin_seido/kaikeinendo_ninyou.html