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「学生の頃、百合は誰にも見せずに描いていた」犬井あゆ先生が語る”創作活動の原点”【インタビュー企画 #5】

取材・構成: 銀糸鳥(@DeeperthanLies

漫画家・犬井あゆ。大人の女性同士の関係性を描く「社会人百合」を中心に、これまで25本以上の作品(読み切り/同人誌含む)を送り出してきた。

2023年10月21日には、タイの百合・GL専門レーベル「lily house.」主催のもとサイン会が開かれ、現地のファンと交流するなど、その人気はいまや日本国内にとどまらない。

今回、「YURI HUB」などを運営する6AM合同会社の藤代あゆみ氏と、新宿二丁目の「百合カフェ anchor」さま協力のもと、インタビューが実現した。創作活動の原点から未来像に至るまで、漫画家・犬井あゆの秘密に迫る――。

犬井あゆ

漫画家。2018年10月、祥伝社「マンガJam」で『定時にあがれたら』を連載開始。その後、自主制作百合コミック誌「ガレット」、KADOKAWAの社会人百合アンソロジー「White Lilies in Love」、作家の中村たいやき氏が企画・編集する「親子百合アンソロジー」などに作品を発表。一迅社「コミック百合姫」で連載していたコミックエッセイ『今日もひとつ屋根の下』では、パートナーのコンさんとの同棲生活を描いた。2024年2月25日、総集編『愛のことば』(ガレット)を刊行予定。

創作の根底にある”職業萌え”

―― 犬井先生はこれまで、社会人百合を中心に数多くの作品を発表してきました。これだけの長期間、社会人百合を描かれてきた理由は何ですか?

えー、何でだろう。社会人が好きだからとしか言えないです(笑) 

―― 百合以前に、ベースとして社会人そのものがお好きなんですね。

私、基本的に“職業萌え”みたいなところがあるんですよ。学生って、もちろん学校の差が多少はあるけど、比較的、特徴が似通うじゃないですか。でも社会人って、所属している会社によって、生き方も働き方も全然違うし、服装も違う。それを考えるのが楽しいから好きです。

犬井あゆ『定時にあがれたら』1巻

―― 犬井先生の漫画には、さまざまな職業の女性が登場します。

そうですね。好きな職業の傾向はあると思うし、知っている職業にも限りがありますけど、基本的にいろんな職業の人が好き、というのはあります。

―― お話の部分はどのように作られているんですか?

それこそ美容師さんとかネイリストさんとか、自分がお客さんとして知っている職業の場合だと、「どういう風にお客さんと接しているのかな?」とか、「どういう風に店員さん同士で話しているのかな?」とかって、いろいろ想像してみるんです。「だったらこういうのが萌えるな」と思い付いたら、その職業のことを深掘りして調べてみる。そういう感じが多いですね。

読者層は「あまり考えていなくて…」

―― 犬井先生の作品は初期の頃から、お話の筋道が非常にわかりやすく表現されているように思います。お話を伝わりやすく表現する、という点で何か意識していることはありますか?

うーん…。あまり難しい言葉を使わないようにすることと、セリフの言葉数を極力増やしすぎないようにすることですかね。意識せずに描くと冗長になりがちなので、自分なりにテンポよく読めるように、というのは課題にしているかもしれないです。

―― いろいろな媒体に描かれていますが、それぞれの読者層は考えたりしますか?

それが、あまり考えていないんですよね(笑)

―― なんと。そういうものなんですか。

何となく方向性を意識することはあるけど、基本的には自分が描きたいものを描く感じが強くて…。たとえば、時々漫画を載せていただいている「ガレットmeets」という百合コミック誌があるんですが、こちらの雑誌はキャッチコピーに「ほんのりSEXY&もっとSWEET」というのがあって。なので、ほんのりセクシーになるように…と気持ち描いてはいます。

けど、こういう読者層だから、その読者層にはこういうのが受ける、とかまでは考えていないです。あまり考えすぎると頭がかたくなってしまう気がして…。自分の描きたいものを優先させるようにしています。

―― 「どうすれば伝わるかな?」とかも、あまり考えない。

あまり悩まないかなぁ…。

―― なるほど。それは素晴らしいですね…。

いやいや、適当なんですよ(笑) 逆に、しっかり読んで付いてきてくれる人がすごいんです。本当にいつもありがたいなと思っています。

―― 逆に、これから挑戦してみたい表現はありますか?

そうですね…。好んで読んでもらえる題材かはわからないんですが、男性キャラもメインで出てくるような百合漫画を描いてみたい、とはずっと思っています。

―― 今までの作品には無い設定ですね。

性別も性格もいろいろなキャラクターが出てくる作品を読むのが好きなので、自分でもいつか描いてみたいです。青木光恵先生の「パパイヤ軍団★」とか、森島明子先生の「星学院工科大学夜間部」みたいな作品が大好きで。男性もいる世界観の中で、女性同士が互いを選びあって恋愛する描写がめちゃくちゃ好きなんですよね。

百合は誰にも見せずに描いていた

―― 学生の頃はどういう作品を読まれていましたか?

小中学生の頃は少女漫画、児童小説が好きでした。漫画をたくさん読むようになったのは中学生以降だと思います。好きな漫画家さんは挙げるとキリがないんですけど、CLAMP先生羽海野チカ先生中村明日美子先生はずっと好きです。百合漫画は小学校高学年くらいから読みはじめて、それからずっと読んでいます。

―― 最初に読んだ百合漫画は何ですか?

森島明子先生が最初かなと思うんですけど…。百合レーベルとして出ている作品ではないけど、漫画を読んでいて初めて「百合だ!」と感じたのは、今思えば高河ゆん先生の『LOVELESS』です。友達にBL好きな子が多くて、勧められて読みはじめて。

―― 当時はまだ、百合漫画とは意識せずに読まれていた。

そのあと百合姫コミックスがあることを知って…。百合レーベルの作品を探したり、百合という言葉も知って、ネットで検索したりして読むようになりました。

―― ファンアートのようなものは描かれていましたか?

描いてました。けど、百合作品のファンアートはあまり描いたことがなくて…。まわりにBL好きな友だちが多かったので、学生の頃はその子たちと一緒にオススメされた作品を見て、BLのファンアートを描くことが多かったですね。

―― 作品発表というよりは、交流のために二次創作をされていた。

そうですね。自分が作りたいものを作るというよりは、同じものが好きな人とそれで交流をするというのがメインでした。まわりに好きな人が多かったり、話せる人が多いものを好きになったりして、友だちに勧められてそれを読みはじめて、ファンアートを描いて…。百合は本当に自分ひとりでずっとやっていて、誰にも見せずに一人で描いてました。

「漫画は描けないんだ、と諦めていました」

―― そこから「百合だけを描こう」と思い始めたのはいつ頃でしたか?

たぶん大学生のときですね。その頃「デレマス」にハマっていて、今まであまり描いたことがなかった百合の二次創作イラストをTwitterにアップしたんです。別に誰に見てもらおうとも思ってなかったんですが、思ったよりいろんな人に見てもらえて…。それまでは交流が楽しくてファンアートを描くことが多かったので、純粋にただ描きたいなと思って描いたものをいろんな方に見てもらえたのは嬉しかったです。

それで、どうしてずっと百合が好きなのに、今までネットにアップしたりしてこなかったんだろう、と気づいて…。その後のコミティアに百合作品で出るはずみになりました。

―― 初めての同人誌は2016年の『落ちた先は恋』でした。

THE YURI TIMES」さんのインタビューでもお話ししたんですけど、大学卒業前に1冊同人誌を出そうかなと思ったときに、描くものが百合しか思いつかなくて。本格的に百合漫画を描いたのはその時が初めてで、少部数だけ印刷してコミティアに参加しました。

犬井あゆ『落ちた先は恋』

―― コミティアに出るまでは、どんな漫画を描かれていたんですか?

実は、コミティアで新刊を出すまで漫画をちゃんと描いたことがなくて。

―― なんと…。それは驚きです。

友達とBLジャンルのファンアートを描いていた頃から、漫画を描くことや同人活動に憧れはあったんですが、漫画を描いてみようと思ってもどうしても形にならなくて。今思えば、キャラクターから話を作るのがそもそも得意じゃないので、二次創作に向いていないんですよね。今もストーリー優先でキャラクターを作っていますし…。そんな風だったので、自分は漫画を描ける能力はないんだな、とそもそも諦めていました。

―― 『落ちた先は恋』を拝読しましたが、とても初めて描かれた漫画とは思えませんでした。

いやいや、運だと思います(笑) その頃は、まさか自分が漫画家になれるとは思っていなかったし、お金をもらえるような漫画を描けるとも思ってもいませんでした。

職業漫画家を選んだ理由は「体力的な限界」

―― そこから約2年後には、商業連載『定時にあがれたら』が始まります。

あの頃、結構、意味わからないくらい同人誌をいっぱい刷っていて。ちょうどイベントがたくさんあったというのもあって、2ヶ月に1回くらいのペースで出してたんですよね。

―― 2018年には、4カ月の間に3冊も同人誌を刊行されています。

その頃は、イベントに出たいがために描くという感じが強かったです。年4回のコミティアと、その間に「2OL」という大人百合オンリーの即売会があって、ちょうど1カ月半ごとに新刊が出せるタイミングがあったんですよね。今見ると、クオリティーも低くて恥ずかしいんですけど、当時は頑張っていたなと思います。

―― その頃は、会社員としても働かれていたんですよね?

そうですね。連載が始まってから半年くらいは、会社に勤めながら漫画を描いていました。

―― そこから専業漫画家になるまでにはどういう経緯があったのでしょうか?

単純に、体力的に限界だったからです。その頃は、朝6時まで原稿を描いて、1時間くらい寝て、通勤電車の中でも爆睡して、みたいな生活を続けていて。会社で居眠りして当然ながら上司にめちゃくちゃ怒られて、あ、これはダメだと思って辞めました。

―― 専業となると収入の問題が付いて回ると思います。お金の面は気になりませんでしたか?

うーん…。そんなに考えてなかったかもしれないですね(笑) あまりにもしんどかったのかもしれないです。

―― ひとまず二重生活から抜け出すために、専業作家というご職業を選択をされた。

そうですね。その頃は定期連載させてもらえていたので、いったん連載が終わるまでは月収があるから、今すぐ死ぬ感じではなくて。とりあえず会社を辞めて、専業になって、奇跡的にいま生きているっていう感じです。私自身、思いつきで行動するタイプだからっていうのもあると思うんですけど(笑)

―― 本当に、漫画家になるべくしてなられた先生なんですね…。

最初の頃は、趣味で楽しく描いて行こうという軽い気持ちだったのが、わけもわからないまま連載させてもらって、今、という感じです。拾ってくださった編集さんにはすごく感謝していますし、いつか恩返しがしたいです。

あなたにとって「百合」とは?

―― インタビューも終わりの時間が近づいてきました。最後は恒例の質問で締めたいと思います。

はい。

―― それではお聞きします。犬井あゆ先生にとって「百合」とは何ですか?

私にとって百合とは…。

―― ……。

あれ、忘れちゃった。

―― え?

メールで質問を送ってくれたから答えをメモしてたんですけど、どっかいっちゃいました。しょうがない。今から考えるか(笑)

―― わ、わかりました…。

…はい。私にとって百合とは「いちばん好きなもの」です。

―― いちばん好きなもの。シンプルですが、犬井先生らしいお答えですね。

ありがとうございます(笑)

―― 犬井先生にとって、百合はいつ頃から「いちばん好きなもの」になりましたか?

いつ頃から。そうですね…。でも結構、卵が先かニワトリが先かみたいなところがあって、百合が好きだから女性が好きなのか、女性が好きだから百合が好きなのか、みたいなところはあります。

―― なかなか深いお話ですね。

明確に覚えているのは小学5年生の時に読んだ高河ゆん先生の『LOVELESS』ですけど、考えてみたら、私、三歳の頃から『カードキャプターさくら』が好きだし、影響を受けたアニメが全部百合っぽいんですよね。

―― 子どもの頃から、少女文化に強い影響を受けてきた。

東京ミュウミュウ』もそうだし、『ぴちぴちピッチ』にも悪役に女の子同士でイチャイチャするキャラが出てくるし。昔からとにかく美少女が好きで、ベースとして女の子が好きだから、というのはあります。

―― これからも社会人百合を描いていきたいですか?

そうですね。基本的には、社会人百合を描きたいなと思っています。もしかしたらあと10年とか20年とか歳をとったら、急に高校生萌えが来て、学生百合を描きはじめるかもしれないですけど(笑) でも、今のところは社会人百合かな。

―― これからも末永く、犬井先生の作品を読ませてください!

ありがとうございます。細く長く…でいいから、いつか限界が来るまでずっと、漫画のお仕事を続けたいですね。

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