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「百合は目指せるもの」紺先生に聞く!『推し百合』裏話と漫画創作の”原動力”【インタビュー企画 #1】

百合オタクの帰国子女・西園寺ジュリ。女子校での百合妄想を満喫(?)していた彼女は、ある出来事をきっかけに同級生の推し作家・立花ひろみと出会う。読者の意図せぬ反応を見て「百合」に興味を抱くひろみに、ジュリはその何たるかを伝授することに。しかし、気付けば「百合フラグ」が乱立してしまい…?!

『同級生の推し作家に百合妄想がバレた結果』(以下、推し百合)は、紺色3号先生(紺先生の商業名義)の商業デビュー作品だ。「青春百合コメディ」と銘打たれているように、フルカラーの色彩表現と4コマ漫画の明るいテンポが魅力の本作だが、作中では「妄想と現実の距離感」や「偏見の無自覚さ」など、奥深いテーマが語られていく。

即売会での偶然の対話により実現した今回のインタビューでは、『推し百合』制作までの経緯や裏話、オリジナル創作の苦悩、漫画創作の原動力、さらに紺先生のオタク遍歴、百合の魅力など、さまざまな話題を根掘り葉掘りお伺いした。合計 10000字を超えるロングインタビュー、ぜひ最後までお読みください!


紺(商業作品での名義:紺色3号)

漫画家。2012年の冬コミから本格的に同人活動を開始。『アイドルマスター シンデレラガールズ』『アズールレーン』『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』などの二次創作で知られる。2020年、『同級生の推し作家に百合妄想がバレた結果』で商業デビュー。「紺色3号」の名義で発表した本作は、自身初のオリジナル作品である。

『推し百合』は苦し紛れで出したネタ


――
 紺先生は、2012年の冬コミにサークル「百合畑牧場」として参加されて以来、『推し百合』までは同人専業の作家として活動されてきました。まずは、先生が商業作品に挑戦するまでの経緯を教えてください。

  『アズールレーン』の同人誌で『推しにバレた』(以下、『推しバレ』)というシリーズを描いていたんですけど、それが編集さんの目に留まったらしいんですよ。その人から「ウチで読み切り描いてみませんか?」と言われて、その時に思い切って挑戦してみた、という流れですね。

―― 『推しバレ』シリーズでは、創作者と読者の関係性、妄想と現実の距離感など、『推し百合』に通じるような題材が描かれています。編集の方からは、やはり「『推しバレ』のような作品を!」というオファーがあったのでしょうか?

  いえ。特にそういう指示はありませんでした。企画が通るまでは試行錯誤の連続で、全部で 10本くらいの作品案を出しましたね。ちなみに『推し百合』は、最初に叩き台ができた時には別の設定だったんですよ。腐女子二人が対立する、みたいな感じで。

―― 1巻の後書きでお話しされていましたね。腐女子設定が変更されたのはなぜですか?

  編集さんが百合とBLどちらも詳しくない人で、「そんな自分にも響くものがほしい!」と言われていたんですよ。それで結局、腐女子のやつだと転がしにくいかもしれないね、という理由でボツになりました。

―― 『推し百合』の編集者は、百合もBLも知らない人だった……。意外なお話ですね。

  そうですよね。今思えば、どうして私に声を掛けてくれたんだろう、という感じですけど……。そういえば、企画段階で迷走していたときには、BL作品を描いたこともありました。BLというか、男の子ふたりがチェーン店に行って、ご飯を食べるというだけのお話ですけど。あの時は本当に迷走していましたね(笑)

―― BL作品!まさかそんな可能性が……。いろいろな試行錯誤を経て、今の設定が生まれたわけですね。

紺  そうですね。途中、本当にネタが出てこない時期があって、「もうダメだ!」と思ったときに、編集さんから「会って打ち合わせしましょうか?」と言われたんですよ。『推し百合』はその前日に、苦し紛れで出したネタでした。今まででいちばんいい出来だと言われましたし、掴みが良いと褒めてもらえましたね。

―― なるほど。悩み苦しんだ末に決めたというよりは、気付いたら生まれていたようなものが「面白い!」となったわけですね。

  今思うと、それまでは小手先のことをやっていたのかもしれないですね。やっぱり自分の中にあるものしか、作品として出すことはできないので。自分の中で、何年も醸成されてきたものというか。

―― これまで培われてきたものを、作品にぶつけたと。

  そうですね。私自身、百合オタクであることを負い目に感じてしまう時期があったんですよ。やっぱり肉親に言いにくい趣味というか、オタクの親戚でもお兄ちゃんだったらフィクションとして話はできるけど、お姉ちゃんに「百合が好き」と言うのは、誤解を招かないかな、と思っていた時期があって。でもそれって作品が好きな気持ちに失礼じゃないかな?と葛藤していました。今はもちろん相手を見て臨機応変に対応しますけど、多感な時期はとにかく誤解されるのが怖かったんです。それがジュリの気持ちにもろに反映していますね。

―― 作中のキャラクターが思い悩んでいたことを、まさに先生ご自身も考えられていたということですね。

紺  そうですね。最近、YouTube で山田玲司先生の動画を見ているんですけど、そこでも「デビュー作だから自分を入れた方がいいよ!」みたいなことを仰られていて、ああそうか、大事なんだな、と思いました。「自分の中にある偏見に気付く」という展開はもともと好きなんです。自分は気を付けているつもりなのに、偏見だとか、差別的感情だとか、自分は大丈夫だと思っていることが驕りだってことに気付く瞬間というか。いつか描きたいなと思っていたので、それが作品として描けたのは嬉しかったですね。
 

「最初のイメージ」を裏切る


―― ジュリとひろみをはじめとして、『推し百合』のキャラクター名は『ロミオとジュリエット』の登場人物から引用されています。ここにはどのような意図があるのでしょうか?

  先ほど話したように、『推し百合』はもともと腐女子の対立ものとして構想していたんです。その時に、腐女子二人が「A×Bでしょ!」「B×Aでしょ!」という感じで言い争う対立構造を、『ロミオとジュリエット』にしようと考えていました。最終的にその設定は消えたので、(ジュリとひろみの)ビジュアルと名前だけが残った、という流れですね。

―― 初期案からの名残、というわけですね。

  そうですね。実はその段階から、作品の中で「偏見」というテーマは描こうとしていました。趣味は違うけど好きな人、という感じですね。『ロミオとジュリエット』は異なる家同士のお話ですが、今も昔も、そういう偏見は絶対にあるものだと思います。

―― なるほど。偏見というテーマは、シェイクスピア作品の中でも描かれている普遍的なテーマというわけですね。

  そうですね。『ロミオとジュリエット』自体は昔のお話ですが、人類は愚かなので(笑) 時代を経ても色んな見方ができるところが、シェイクスピア作品の好きなところですね。

―― 『ロミオとジュリエット』が引用された理由がよくわかりました。こうした当初の腐女子設定から、更なる試行錯誤を経て、『推し百合』の世界、そしてジュリとひろみたちが誕生することになります。主要キャラを描くうえで意識されていたことはありましたか?

  人間は必ずしもイメージ通りではない、そのときの行動ひとつとってもその人の全てではない、というのが作品のメインテーマの一つなので、最初のイメージを裏切ろうと意識していましたね。普段は明るいけど内面に何かを抱えているジュリ、ふわっとしているけど暗い過去があるひろみ、とか。

―― 内面と外見のギャップ、ということでしょうか。

  そうですね。

―― のばらを描くうえで意識されていたことはありますか?

  のばらは、ちゃんと描くと暗いんですよね。

―― 話題が重い、ということですか?

  そうですね。けどまあ、今読み返すとそこまで暗くはないような……?

―― 個人的には、重たい話だな、と思いながら読んでいました。

  それは良かったです!(笑) のばらは身を削るような思いで描いたので、明るくなってしまったかもしれない……と不安でした。

―― のばらは人間性が掴みづらいキャラクターですよね。最初は悪役キャラのように登場しますが、2巻あたりから常識人らしい一面も見せていきます。

  何か事情があるんだろうな、という匂わせですよね。

―― イメージを裏切る、というお話がありましたが、ここでもそれを意識されていたのでしょうか?

  そうですね。自分が嫌だな、嫌いだなと思っている人でも、色んな事情があってそういう性格になったりだとか、行動をとったりしているわけじゃないですか。だから前半では、思春期で裏切られてしまったことがトラウマになってしまって、もう何も信じられない、こいつ(のばら)は信用できない、という状態のひろみを描こうとしました。

―― そこから3巻の展開があり、イメージが裏切られていくわけですね。

紺  そうですね。もし2巻で終わるとしたら、のばらの話はもう少しサクッと終わらせる予定でした。3巻まで描けたのは嬉しかったです。

―― なるほど。ちなみに、読み切りの段階ではどこまでの展開を決めていたのでしょうか?

  まだ 30話までしか決めていませんでしたね。

―― となると、のばらや伊緒を登場させる予定は……。

  ありませんでした。そもそも伊緒を登場させたときには、主要キャラとして成立させようとは考えていませんでしたね。

―― そもそも、伊緒というキャラクターを登場させたのはなぜでしょうか?

  伊緒の視点から、ジュリはこういう人間ですよ、という説明をしたかったからですね。あとは、ひろみのセリフで「別れたり付き合ったりって普通のことでしょ」というのがあるんですけど、フラれたりとか好きになったりとか、普通だよね、というか。そういうノリで描いたんだと思いますね。

のばらは勝手に動き出す 


―― 『推し百合』は先生初のオリジナル作品です。今までとは勝手が違う部分があったと思うのですが、具体的にどういったところで苦労されましたか?

  これは私の力不足なんですけど、自分が生み出したキャラクターが他人からどう見られているのかよくわからないんですよね。たとえば、『乙女ゲームの破滅フラグしかない悪役令嬢に転生してしまった…』のカタリナは、かわいくて天真爛漫で、悪役顔だけど親切で……みたいなファンの間で共通したイメージがあると思うんですよ。

  二次創作のときは、共通イメージを念頭に置いて、意図せずキャラ崩壊しないよう調整できたんですけど、オリジナル作品ではそれが無いんです。

―― 二次創作ではファンの共通認識が先行しているけど、オリジナルの時にはそこが無い状態から始めなければいけない、ということですね。

  そういうことですね。

―― キャラクターを造形するときには、どこから決めていくのでしょうか?

紺  まずは性格から決めていますね。たとえばひろみは、ネームの段階だと今より軽薄な感じだったんですよ。もともと無表情な子ですけど、ヘラヘラしていて、どちらかというと紀平さんみたいなキャラクターでした。闇深いけど、ニコニコしていて何考えてるのかわからない、みたいな。

―― 今のひろみとは全く違う印象を受けますね。

  そうですね。そしたら編集さんに「絶対に笑わせないでください!」と言われて(笑) たぶんそこに、キャラクターとしての軸があったんでしょうね。リアクションとして汗をかかせたりしていたんですけど、それも「やめてください!」と言われてしまいました。ああそっか、この子は冷めてはいないけど少しの事では動じない性格なんだ、ジュリとの対比でクールにしたほうが面白いんだなぁ、と。勉強になりました。

―― そうした編集の方とのやり取りを経て、今のキャラクター像が決まっていったのですね。

紺  そうですね。

―― これまでキャラクターのお話をしてきましたが、ストーリーの部分はどのように作られているのでしょうか?

  基本的にキャラクターが動くタイプなので、メモ帳にセリフを打っていって、リアクションを起こしています。

―― まずは断片を書いていく。

  そうですね。

―― たとえば伊緒とのばらの話(2~3巻)のように、作品全体として物語の流れを作るときがあると思うのですが、そういう場合には別のプロセスがあるのでしょうか?

  「こういう流れにしたいんだけど、動いてくれるかな?」みたいな感じで、キャラクターと相談しながら作りますね。たまに動いてくれないときもあります。

―― なるほど……。キャラクターが動いてくれない。

紺  そうですね。登場人物の中だと、のばらは本当に苦労しました。ジュリとかひろみはだいたい素直に動いてくれるんですけど、のばらは本当におてんばで(笑) セリフを決めて、ネームを作って、作画をしている段階なのに、勝手に動き出すし……。OKをもらったはずのネームが、完成する頃には別の話になっていたりするんですよ。だいたいの場合、元からあった結論には収まってくれるんですが、彼女なりの葛藤がのたうち回って、過程がとんでもないことになります。

カラーだからこそ赤飯を描けた


―― 同人作品では4コマ漫画をあまり描かれていないと思うのですが、「ツイ4」からオファーを受けたときはどう思われましたか?

  同人誌って、自分のやりたいネタとか、言いたいことをいくらでも入れられるじゃないですか。そういう事情もあって、私の同人誌は情報が詰め詰めなんですよ。編集さんからお話をいただいたときには、それをネタとして分解すれば何枚でも描けそうと判断されたのかな、と思ったんです。だから「4コマで!」と言われても「やってみようかな」と決心できたんですよね。カラーは苦手だったんですが……。

―― 意外です。もともとカラーは苦手とされていたのですね。

  色使いは毎回迷いますね……。年間 200枚以上描いていると慣れてきて、抵抗は無くなりました。だから、やって良かったと思います。自分だけでやっていると、自分の得意なことしかやらないじゃないですか。だから、自分の成長のためにもと思って。

―― なるほど。カラー漫画を描くうえで意識したことはありますか?

  情報量が多くて大変ではあるんですけど、ちょっとした小ネタを潜ませるのは楽しいですね。ひろみとジュリの二人が、業務用の懐中電灯を照らしながら夜の学校を徘徊する回があるんですけど、この懐中電灯、すごく目立つじゃないですか。だからこれは、ひろみの持ちものではなく、ロミジュリが警備員さんから借りてきたものなんです。全然説明はされてないですけど、細かいネタを色で表現していくのは楽しいですね。

―― あの懐中電灯はそういう意味だったのですね。なるほど……。

  あとは、赤飯がカラーで描けたというのもよかったです(笑)

―― 白黒だと伝わりにくそうですよね。

  ふふふ、皆さん大丈夫ですか? 赤飯エアプじゃないですか?

―― ジュリを見習わないといけませんね(笑)

  これを描くからにはエアプじゃいけないと思って、私も赤飯を炊きました(笑)

 漫画は「画」で語るもの


―― 先生のTwitterで、自分の描きたいものと、読者の求める面白いものとの間で葛藤しているツイートを拝見しました。ご自身の中ではどのように折り合いをつけているのでしょうか?

  折り合いかぁ……。オタクなので、「こういうの見たいでしょ?わかってるぜ!」という気持ちはあるんですけど、自分が描きたいものじゃないと描けなくなってしまうので……そこが難しいですね。商業作品なので、相手にわかる言葉で伝えたいな、というのはあるんですけど。お話をするのと同じですね。

―― なるほど。読者からの感想を参考にすることはありますか?

  「ツイ4」で連載しているので、コメントは一話ごとに読めるんですよ。リアルタイムに感想をもらえるので、そこはすごく面白いと思いますね。ただし、あくまでコメントは伝わり方の傾向として捉えているので、自分の描きたいものを曲げるつもりはありません。頑固なので(笑)

―― 描きたいことは変わらないけれど、伝え方の部分では参考にするということですね。

  そうですね。

―― そうした伝え方の部分で、何か意識されていることはありますか?

  やっぱり、最後までセリフは直すんですよ。このセリフを言わせたときに、自分が想定していない誰かが傷つかないかなぁとか、伝えたときに誤解を生むんじゃないかなぁとか、いろいろ考えています。「百合厨よ目を覚ませ!」みたいなことを描きたいわけではないので、もう少し優しい言葉を書きたいな、と思うことはよくありますね。強い言葉は麻薬だと思いますし。

―― お話の趣旨が誤解されないように注意されている、ということですね。

  そうですね。まあでも、捉え方は自由だと思うから、別にいいんですけどね(笑) あとは伝え方の話だと、「画」で伝えることは意識しています。たとえば、1巻の表紙には緑色の椅子に手すりが描かれていますけど、これはジュリの方は(手すりを)越えて来ないで、ひろみの方から踏み出していく、という構図にしているんです。「ひろみの方から興味があるよ」という意味合いが伝わればいいな、と思って描きました。

―― なるほど。ほかに構図の部分でこだわりの描写はありますか?

紺  たとえば……ひろみが寮に帰ってくるシーンでは、ジュリが自室の部屋からひろみを見下ろす「ロミオとジュリエット」のバルコニーの構図をやっています。

  原典ではジュリエットが上にいて、ロミオが見上げていますが、それだといわゆる「騎士と姫」というか、「身分差や立場の違いの表現」になるんです。ただ『推し百合』のロミジュリには能動的に「対等な関係性」になってほしいので、対等な位置から相手を見る、という意味を持たせたくて。『推し百合』は1巻も2巻もひろみが屈んでジュリに目線を合わせていますけど、それだとひろみがいつまでも合わせることになってしまう。だから3巻では、あえて目線の高さを合わせず見つめ合う構図にしてみました。

―― なるほど……。セリフだけでなく、背景や構図の部分でも意味を持たせる、ということですね。

  好きなんですよね~。そういうのが。宇多丸さんの『ムービーウォッチメン』を聞いているんですけど、そこで「映画なんだから、映像で語れよ!」と(宇多丸さんが)仰られていたんですよ。だから自分も、漫画だから「画」で説明しないと……と思って。毎回やるのは大変なんですけど、不必要な描写はなるべく減らしておきたいですね。

 今明かされる「おもち」誕生秘話


 ―― (取材時の)Zoomのアイコンがまさにそうですが、先生は「おもち」と呼ばれるデフォルメキャラをよく描かれていますよね。

紺  ふふふ。

―― ぜひ、おもち発明に至るまでの経緯をお伺いしたいです。

  発明ですか(笑)

―― はい(笑) 発明だと思います。

  これは、アズレンの同人誌で赤城と加賀を描いていたときに、狐のバーバパパみたいなデフォルメキャラを描いていたんですよ。そこから流用したのがおもちですね。

―― なるほど。pixiv のアイコンになっている「アレ」ですね。

  そうですね。たまに手抜きだと言われるんですけど、カラー漫画は絵がごちゃごちゃして読みづらくなりがちなので、適度に抜けるところを作るために描いているところがあります。それにしても、初期の頃は使いすぎですけどね……(笑)

―― FANBOXの記事では、「おもちは読み手にとってリアリティのない状態を表している」というお話がありました。この「リアリティのない状態」というのを、もう少し詳しく説明していただけますか?

  そうですねぇ……。単純にギャグリアクションでもありつつ、地に足が付いていないというか、ふわふわしているというか……。たとえば、「おもち」関連でやろうとしていたネタがあるんですけど……ジュリがおもち状態で「伊緒×ひろみ」や「のばら×ひろみ」で百合萌えしていることに対して、「お前いつまで外野の他人のつもりでいるつもりだ!」とのばらが叱るシーンを作ろうとしていたんですよ。結局、そのシーンはボツにしたんですけどね。

―― なるほど。キャラが「おもち」であるという状態が、ある種のディスコースマーカーとして機能しているということでしょうか。

  そうですね。その場の文脈に対して、そもそも積極的に関わっていない状態というか。ここで面白いリアクションを取っています!……けど、参加はしてないよね、みたいな。そういうところが、初期のジュリの「おもち」で表現していることですね。

―― たとえば3巻の後半では、のばらが初めて「おもち」になるシーンがあります。これは、伊緒との対話を経て、のばらが前に進むことができたということの現れなのでしょうか?

  そうですね。のばらはもともと、地に足つきまくりの性格でしたから。ある意味で明るくなったというか、地に足のつかないことを考えたり、10代らしいことを考えたりするように変化した、ということですね。

―― なるほど。「リアリティのない状態」の意味がわかった気がします。

紺  ふふふ。全てがおもちになっていく(笑)
 

相手の「好き」を否定しないこと


 ―― ここからは、『推し百合』以前の紺先生に関しても深掘りしていきたいと思います。過去のTwitterでは、同人作品の『推しバレ』が『推し百合』の原点である、というお話がありました。具体的にはどの部分が現在に通じているのでしょうか?

  そうですね……たとえば『推しバレ』は、翔鶴というキャラクターが主人公で、先輩のエロ同人を描いていたことが本人にバレちゃった!……というアホみたいなシーンから始まるお話なんですけど、そこから(先輩の)赤城が、同人誌を作るために凄まじい労力をかけていることを知り、周りの協力体制やコミケの文化に触れて絆されていく、というお話です。『推し百合』の3巻では、それと同じようなことを描こうとしていましたね。途中で間違ったとしても、やり直すことはできるし、その人を嫌いになったとしても、周りの意見や別の角度から見るとイメージが変わったりする。向き合い方を変えると見え方が変わっていく展開が好きですね。

―― 最初は偏見で接していたけど、話し合いを経て、あらためて個人として向き合うようになる。そういうお話を、『推しバレ』から継続して描かれてきたということですね。

  そうですね。人間、もっと話し合った方がいいっすよ!……と思うので(笑) あの人は○○だからダメなんだ、と属性で判断するのではなく、その人個人の多面性を考慮すると別の見方ができるかもしれないですね。

―― 話し合い、大切ですよね……。ジュリと伊緒が「百合」という言葉をめぐって争っていたシーンがあると思うのですが、言葉の難しさという問題に関して先生はどう思われますか?

  あの回、炎上しないか心配だったんですけど、そこまで批判は多くなかったです。「ジュリが悪いよ!」とか、「伊緒がむかつく!」とか言ってくれる人はいたんですけど、それは批判というより、あくまで読んでくれている方それぞれのポリシーがあったうえで登場人物への意見だと思うので……。

―― なるほど……。

  百合が好きな人は、伊緒の「百合」という言葉の捉え方が嫌だな、と感じることがあると思うんです。けれど、その人(伊緒)たちを「違う!」と糾弾して、裁いていくことにあまり意味はないとも思うんですよね。それは自分にも返ってくる話だし、友達同士できゃっきゃしているところに「百合はそうじゃない!百合の定義とは!」と強く否定して押さえつけると反発を生む気がします。究極的に他人とは完全に理解はしあえないし相手の意見は変えられないと割り切って、「その人が楽しんでいるもの」は「その人のもの」であって、自分や自分の周りと違うからといって否定しないのは大事なことだな、と思いながら描きましたね。もちろん自分の思う百合を主張するのも自由ですから、お互いの主張がぶつかってしまった時は、相手を否定せず「一つの話題で意見が違う」と捉えられたらいいなあと思います。

―― 否定というのは自分にも返ってくる。とても身に染みるお話です。

  ただ伊緒のBLのくだりはいらないとレビューで書かれてるのを読みました(笑) 百合という分野のために蓄えた知識は他の分野との交流でも応用が利くというお話なので、後悔はありません。もちろん感想を書いていただいたことには純粋に感謝しています。

「自分」が込められた作品を


―― そもそも、百合同人をはじめた最初のきっかけは何だったのでしょうか?

  私、最初の頃は「はるみち」のSSを書いていたんですよ。中高生ぐらいのときに『セーラームーン』の再放送を見て、そこからハマったんです。幼女時代に見ていたときは(はるみちを)ギャグっぽいものとして捉えていたんですけど、思春期に見直したら「『セーラームーン』ってすごいことしてたんだな」と思って……。そこからケータイサイトでSSを書きはじめました。

―― 意外です。最初は文章を書かれていたのですね。

  はい。だけど、文章書くのがめんどくさくなってきちゃって(笑) 絵で説明したいなと思いはじめたんです。漫画を描きはじめた最初の理由はそこでしたね。単に文章で書くのが面倒だった(笑)

―― 文章表現での挫折を経て、絵の表現に行き着いたという流れなんですね。

  そうですね。懐かしいなぁ……原作の漫画が大好きでした。ちなみにTwitterのID(@pluto_305)は、セーラープルートが由来です。

―― まさに、先生の原点となる作品ですね。ほかに影響を受けた作品はありますか?

紺  実は、このインタビューのために思い出の作品をリストにして準備してきたんです。

―― 本当ですか!? ぜひ教えてください!

  そうですね……タイトルだけでも言うと、森島明子『レンアイ♡女子課』、天野しゅにんた『私の世界を構成する塵のような何か。』、ロクロイチ『くちびるに透けたオレンジ』、西UKO『コレクターズ』、鳥野しの先生の『オハナホロホロ』……。

―― 語り継がれる名作ばかりですね……。

  もちろん全部おススメなんですけど、『レンアイ♡女子課』はインタビューを受けるにあたり再読してきました。……オタク語りしてもいいですか?

―― ぜひ! お願いします!!

  『レンアイ♡女子課』は夢が詰まっている、とってもハッピーな作品なんです。けれど、ファンタジーにさせない、地に足のついたリアリティもあって……。たとえば、主人公のアリスちゃんはウェディングプランナーの仕事をしていて、今まで彼氏が途切れたことがほとんどない女の子なんですけど、そんなアリスちゃんが新しく職場に入ってきた女の子に恋をするんです。そして、たまたま男女カップルの指輪を見たときに、「同性だと結婚できない!」と感じてしまう。けどアリスちゃんは、すぐに「まあいっか!」と切り替えるんですよね。「男が相手でも不幸になることはあるし!」と。自分の問題に向き合おうとする、この前向きさというか。ストーリーラインに森島先生自身の人生経験の厚みを感じて痺れるんですよね……。

―― なるほど……。作家目線ならではの読みですね。

  そういう、作家としての人生というか、「自分」が込められている作品を読むと、痺れるというか、かっこいいと思うんです。だから私自身も、「絶対に自分を入れよう!」と思いながら描いています。同人の二次創作だと、どうしてもキャラクターが好きだから自分を入れるというイメージは湧かないんですけど、『推し百合』は自分のオリジナル作品だし、商業デビュー作なので……。すみません、オタク語りをしてしまいました……(笑)

―― いえいえ……。現在の紺先生に直結する、とても熱いお話でした。

  多くの先生の作品とか、インタビューや動画やSNSでの発言だとか……そういうものを取り入れながら自分は漫画を描いています。私も含めて、今の世代は無料でいくらでも「いいとこどり」ができるのがいいですよね。

―― 過去の蓄積があるから、今がある。

  そうですね。

―― ちなみに先生は、10年前と今の百合文化で、変化を感じることはありますか?

  変化ですか……。うーん。空気として感じているものはピリピリあるんですけど……。ただこれは、私だけかもしれないですが、個人主義になってきたなという感じはありますね。個人個人に好きなものがあって、それを否定しないのが今の主流というか。かなり周りの環境が変わりましたので。「○○ちゃんかわいい~!好き~!」という感情を素直に表現して、周りも全員「いいじゃん!」みたいな感じの、優しい世界が増えたような気がしますね。裏を返せばそこまで他人に興味がないというか、自分の好きなものにしか執着がないから否定しないのかもなぁ……。誰かの「ここがみんなと違う」が話題として面白くなくなってきてるというか。ただの考察ですが。一方で、ディスり合う系の百合は減ったような……体感なので全然データはないんですけど…。

―― なるほど。ちなみに先生は、罵り合う関係性はお好きですか?

紺  フィクションでは結構好きですよ。罵り合えるということは、相手を知っているということですからね。「こういうところが嫌いだわ~」って、わざわざ気にしちゃってるわけですから。もちろん嫌いである気持ちは尊重すべきですけど、先にお話した通りその人の見え方が変わった時どうなるんだろうな~とか期待しちゃいますね(笑)
 

百合は「希望」


 ―― 1時間半という短い時間でしたが、先生の熱量に助けられ、充実したインタビューとなりました。最後はこの質問で締めさせていただきます。

  はい。

―― 先生にとって、百合とは何ですか?

  「希望」です。

―― その心は。

  希望って、夢みたいなところもあるじゃないですか。すてきだけど、もしかしたら絶対に実現しないかもしれない。けど人間は、それに向き合ったり、それを目指したりする。尊い物語に出会って、それが好きな自分を誇ったり……偏見がない世界というのは難しくても、ひとりひとり認め合えるような世界になったらいいな、と考えたりする。そういう風に、目指せるものが百合だな、と思うんです。だから……「希望」とさせていただきたいですね。

―― 希望……とても力強い言葉です。

  正直、聞かれるなと思って用意してたんですけどね。「百合とは何ですか?」「希望です!(キリッ)」みたいに(笑)

―― そうでしたか(笑)

  もちろん、百合というのはフィクションではあると思うんですよ。けど、現実と地続きの部分もある。「百合漫画みたいなことは起こらないよ」なんて言われているけど、それでも結構、同じことが起きることはありますからね。あと、自分の好きなモノに対して、幸せになってほしいと思う心理ってあるじゃないですか。そういう、願いのようなもの。幸せになってほしいな、という希望は、捨てずに生きていきたいですよね。
 

取材: 銀糸鳥、とむはま、なの
構成: 銀糸鳥

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