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『日々と言の葉』感想

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『日々と言の葉』は、10年以上前にSNSのコミュ二ティで知り合ったという「そら」さんと「HaniwaFactory」さんの二人による合作本だ。そらさんが写真を、HaniwaFactoryさんが言葉(短歌)を担当している。2021年1月に東京・大泉学園のカフェモフリーでの展示に寄せて作られた。展示に関してはHaniwaFactoryさんの書かれたnote(5000字超え!)に詳しいので、よろしければご一読を。なお、HaniwaFactoryさんが短歌を詠む際には「ハニワファクトリィ」の名義を使用しているとのことなので、以下、ハニワファクトリィと表記する。

表紙は青空。右上がりの電線に、右上がりの飛行機雲の絶妙なバランスが気持ちいい。耳をすませば、穏やかに響く飛行機のジェット音と鳥のさえずりが聴こえてくるよう。この表紙の空が映画の始まりだとしたら、物語の最初にカメラがどの方向に移動するのかが気になってしまう。視点を空から地上に下げて、人々がせわしなく行き交うスクランブル交差点を映すのか、それとも、少し離れた湖のほとりに建つレトロな喫茶店で深刻に語り合う男女を映すのか。意外にも、飛行機の中で眠る人の見る夢の解説から始まるかもしれないし、鳥たちが一斉に飛び立つ場面を映し出すのかもしれない。いずれにしても、私はこの表紙を見て、映画の始まりを連想した。表紙の画像とタイトルと著者名のレイアウトを見ていると、なぜか動きと音を感じるのだ。

春桜
夏は向日葵
秋紅葉
冬寒椿
季節は巡る
いつまでも
冬には夏に思い馳せ
夏には冬を恋しがる人

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さて、表紙と本扉ををめくると最初に飛び込んでくるのは、鮮烈な朱色の椿と、逆光気味の光線に照らされた、蕾の気配を宿した梅の木である。椿の写真には四季の変化を丁寧に味わうような短歌が、梅の木の写真には、現実とは正反対の季節を渇望する人を冷静に観察したような短歌が詠まれている。「左右のページで作者が違うのでは?」と錯覚するほど印象がまるで異なり、大変面白いなと思った。

まだ会えぬ
誰かにいつか
打ち明けて
受け入れられて
心溶ける日

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この花の名前は、恐らくキツネアザミ。遠くからだとアザミに見えるが、近づくとアザミではないので、見る人がキツネに騙されたようだという意味で名づけられたそうである。トゲがあるアザミの花言葉は「独立」「報復」「厳格」「触れないで」。対して、トゲのないキツネアザミの花言葉は「嘘は嫌い」だという。皮肉な話である。
「私ね、今まで黙っていたけど、本当はキツネアザミなの」
あくまでも比喩だが、この短歌の主人公は、信頼している誰かにこのように打ち明けて受け入れられる日が来るのだろうか……などと思ったりした。それにしても、アザミが世に知られるのが先だったばっかりに「キツネに騙された」と言われてしまうキツネアザミが、あまりにも不憫である。

花吹雪 川面を埋める桜色
流れ去る春 季節は巡る
気付いたら 貴方のいない 毎日も 春には桜 咲くことでしょうか

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桜というものは、どうしてこうも美しいのだろう。そして何ゆえに、悲しさを帯びているのだろう。豊かな感性で記録されたそらさんの写真に、人と人との離別や死別を予感させるハニワファクトリィさんの繊細な短歌が組み合わさり、心が掴まれる。

だってもう
私の願う方法で
好いてくれてはいないのでしょう
「ただいま」を君に言い続けていれば
「おかえり」居場所になっていくよ

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どうか「私」や「君」は幸せになってください。……いつの間にか、登場人物に感情移入している自分に気づく。
ヒナギクはてんとう虫の居場所になれたのだろうか。またすぐに飛び立ちはしないだろうか。「ただいま」と言ったら「おかえり」と返ってくる居場所がほしいと願いつつ人生を迷走している自分の心に刺さる作品だった。

話し合い的外れ そしてすれ違う
近付くほどに 遠くなる君
でも
だって
なんで
どうして
ひどいです
そんなのおかしい
どうすればいい
明日もまた いがみ合っては罵って
刻んでいける 消えない傷を
曖昧な態度の君を 怒ったり
愛してみたり 忙しい日々

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そらさんの写真は柔らかい色調であったり、かと思いきやビビットであったり。ハニワファクトリィさんの短歌は、きれいごとだけでは済ませられない人間同士の心のぶつかり合いを率直に表現している。

「今日何も出来なかった」と嘆く僕
「充電したのね」と笑う君
明日もまた
生きて戦うことでしょう
朝日と夕日の隙間の世界

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ページは前後するが、最後に2つほど好きな作品を貼っておきたい。

自分自身を振り返ると、「今日何も出来なかった」と嘆く日ほど、見上げた空はどこまでも優しくてきれいで、罪悪感のような感情を覚えることが多かった。そのような時、「充電したのね」と一言声をかけられたなら、一気に救われたに違いない。そんなことを思った。

夕景というのは時折人間味を帯びていて、まるで自分のために「お疲れ様」を言ってもらえているような気持ちになることがある。写真は車で通勤する人の帰宅時の運転席のイメージだろうか(違ったらすみません)。「今日も戦ったね、偉いね、明日も頑張ろうね」の言葉が一気に押し寄せてくるような、心身がほぐれて元気になれるような短歌と写真だと思った。これが巻末にあるのがとても嬉しい。

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今回『日々と言の葉』を紹介するにあたり、そらさんとハニワファクトリィさんに画像使用の許可をいただいた。このnoteを読み、もしも気になる方がいらっしゃったら嬉しいし、出来れば本を入手してほしい。

参考リンク

※カフェモフリーでの展示とHaniwaFactory(ハニワファクトリィ)さんの新刊『日々の言の葉』『またあした』について書かれた、HaniwaFactoryさんによるnoteを再度貼っておきます。

『日々の言の葉』は、3月末まで練馬駅から徒歩7分のchicoowaさんでも購入できます。(箱番号G45)

宇津井俊平による、ハニワファクトリィさんの『またあした ハニワファクトリィの短歌・写真集1』の感想文はこちら