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『またあした ハニワファクトリィの短歌・写真集1』感想


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『またあした ハニワファクトリィの短歌・写真集1』は、2021年1月に東京・大泉学園のカフェモフリーでの展示に寄せて作られた、短歌と写真の本である。『ハニワファクトリィの雑誌1』(2018)と『ハニワファクトリィの雑誌2』(2019)に新作を加えた構成となっており、150首以上にも及ぶ短歌・詩・詩のような短文に写真(カラー・モノクロ)が添えられ、大変読みごたえがある。
HaniwaFactoryさんと知り合ったきっかけを簡単に説明すると、かつて存在したフロム・エーという求人雑誌の投稿欄に私が毎週投稿はがきを送っていたことだった。投稿期間中は常連投稿者と読者という関係だったようだが、実生活での接点はおろか、お互いの存在を認識する機会すらないまま私は投稿生活を引退し、その後かなりの年数が経過して知り合うこととなる。ちなみに、以前私に関するこのような記事を書いて下さっている。

HaniwaFactory展示室: 宇津井俊平(または宇津井健神経痛)と私。

私がフロム・エーに掲載された回数は累計2000回ほどで、大量といえば大量ではあるが、現在のツイッターの(変態的な)更新件数と比較すると微々たるものだ。人生の一時期にたまたま「はがき職人」を続けていたことがきっかけで知り合ったHaniwaFactoryさんとは、2018年に一緒に展示をすることになる。人の縁とは不思議なものである。

【2018年の展示に関してHaniwaFactoryさんのまとめた記事】HaniwaFactory展示室: cafè Mo.free(カフェモフリー、大泉学園)『猫ときどきバス展』

HaniwaFactoryさんはTシャツ作家である。日々の妄想を具現化したり、ペンギンに眼鏡をかけさせてみたりといったユニークなイラストを描かれるだけでなく、コミュニケーションに困難のある方の支援を目的とした実用的なデザインのTシャツなど、多種多様な作品を制作している。HaniwaFactory購買部をご覧になると、めくるめくHaniwaワールドを体感でき、実際に購入もできるので、強くおススメしたい。2018年の2人展では、HaniwaFactoryさんは主にイラストの展示をされていた。もちろん写真も短歌も『ハニワファクトリィの雑誌1』の中で発表されていたので存じてはいたが、自分の中では、どちらかといえばイラストレーターの印象が強かった。

前置きが長くなった。2018年の展示では主にイラストの展示をし、『ハニワファクトリィの雑誌1』にはイラストを掲載していたHaniwaFactoryさんだが、今回の『またあした』には、イラストが一切なく、写真と短歌がずらりと配置されている。これはあくまでも誉め言葉だが、あえてイラストを載せないという選択肢を取ることで雰囲気がまるで異なり、別人の本のようになっている。今回の展示自体はHaniwafactoryさんがデザインしたTシャツやトートバッグで、写真や短歌のパネル展示などはないが、店内で本に目を通す……すなわちHaniwaワールドの万華鏡をのぞく行為そのものが、実に心地よい。落ち着いた内装にベヒシュタインのピアノが置かれ、クラシックのBGMがかかるカフェモフリーの店内に、HaniwaFactoryさんの写真と短歌が合っているのだと思う。世の中は今大変な時期で、なかなかお店に来てほしいとは言えない状況ではあるが、もしも可能であれば店内で手に取ってHaniwaFactoryさんの世界を体感してほしいと思った。今回の展示に関してはHaniwaFactoryさんの書かれたnoteに詳しいので、よろしければご一読を。なお、HaniwaFactoryさんが短歌を詠む際には「ハニワファクトリィ」の名義を使用しているとのことなので、以下、ハニワファクトリィと表記する。


『ハニワファクトリィの雑誌1』(2018)より

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あの人は 言葉の濃度が 高いから 浸透圧で 引き寄せられる
よく笑う君が普段はあんなにも 笑わないなんて知ったからには

「濃度」と「浸透圧」という無機質な言葉を「人」に対して使うと、これほどまでに体温を感じる短歌ができるのかと驚かされる。空白を多く取ることで、呼吸を整えているようにも見える。
「知ったからには」どうするのだろう。自分の前だけで笑う事実を噛みしめて幸せに浸るのか。あるいは相手をさらに笑わせる方策を考えるのだろうか。幸せの伸びしろを感じざるを得ないような短歌に、ほっこりとした気分になった。

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指先が触れた瞬間 血は巡り 耳で鼓動を感じる始末

特別な人から触れられたその時、全身を駆け巡る電気信号、のようなもの。私にはうまく表現できないが、五七五七七で簡潔にまとめられている。

信頼というのはどんなものでしょう 多分耳かきして貰う事

信頼していない人にはそもそも耳かきを任せないよね。万が一任せたら、鼓膜を貫通させられる……という恐ろしい妄想を一瞬してしまった。「耳かき」と「信頼」を組み合わせた短歌は、あるようでなかなかない気がする。

『ハニワファクトリィの雑誌2』(2019)より

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願わくば

などと祈りを
口にして

何も出来ずに
また
明日が来る

この写真が好きだ。現実の世界の中でもがくような魚の表情と、神々しく降り注ぐ光。ここは希望の入口か、それとも絶望の果てなのか。「願わくば」から「また明日が来る」まで何度も繰り返し繰り返し繰り返したその先に、希望へと抜ける扉があるのかもしれない。この光は、輝かしくて、美しい。

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何気ない日々の暮らしの中にまで
滑り込んでる君の存在

かつて、「おはようからおやすみまで暮らしをみつめる」という企業スローガンを掲げていた会社がある。最初にこの短歌を目にした時、唐突ながら、そのことを思い出した。水と魚の写真と組み合わせたのはどのような意図があるのか、とても気になる。「君」は、いつのまにか日常に入り込んでいる海水かプランクトンのような存在なのだろうか。日々の暮らしの中にまで滑り込む存在は、良いものにも悪いものにも変わりうる。「君」が絶望ではなく希望であれば理想だが、とは個人的には思うが……。ページを見る人の精神状態によってさまざまな見方ができるのではなかろうか。
余談だが、「おはようからおやすみまで暮らしをみつめ」ていた会社は、その後「いつも暮らしの中に」「あしたに、あなたに」「おはようからおやすみまでくらしに夢をひろげる」という変遷をへて、現在は「今日を愛する。」というスローガンを掲げている。
【参考資料】 コーポレートメッセージについて ライオン株式会社

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桜色映す川面に花吹雪
  薄紅色の春は漂流

「春は漂流」何と簡潔で、奥深い表現なのだろうと思った。桜は散り、しかばねのように、川面をただ、流されていく。その光景は美しくもあり、もの悲しくもある。しかしながら「春は漂流」していくのだと考えると、桜がよき冒険を続けているようで、もの悲しさが薄れ、生命力すら感じられる。そのような印象を受けた。

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貴方への
感謝を伝える
術がなく
ドングリならば
千個ほどかと

基本的には、動物の写真を載せるのはずるいと思っている。「可愛い」が勝ってしまって、手放しで褒めたくなるからだ。しかし、この作品には説得力がありすぎる。写真を目にした瞬間、「感謝を伝える手段はドングリ千個分一択だよね」という気分にならざるを得ない。いつか、ドングリ千個分の感謝を受けるほど、誰かの人生に貢献してみたい。

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詩「おやすみ」

「ぐしゃぐしゃ」の文字を何度も見ているうちに、「ぐしゃぐしゃ」の字面が子供の落書きのように見えてきて、意味がよく分からなくなってくる。これがゲシュタルト崩壊というものか。
生きるとは「ぐしゃぐしゃ」の連続だ。希望を失わない限り、「ぐしゃぐしゃ」の先は、光に満ちた世界になるのかもしれない。「ぐしゃぐしゃ」の終わりに、「またあした」と結ばれる。二人は「おやすみ」と穏やかに挨拶を交わして眠るのだろうな、と思いたい。

またあした ~新録~

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金色に輝く街のその先に
夜の気配が濃度を増して

川崎市川崎区夜光という地域にある段ボール工場で働いていたことがある。夜光一帯は主に工業地帯で、夜でも明るいので夜光という地名がついているのだ、と勝手に解釈していたが、地名の由来は実際には違っていた。
ここには、私の誤解していた夜光があるような気がする。夜になれ、夜になれ。夜の気配が増すほどに、町は金色を帯びてくるのだ、と。

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願わくば いつの日か もしも 万が一
     そうなるならば、なればいいのに

この立派なトンネルは、すでに役目を終え、今ではほとんど人が通らないと聞いている。しかし、いつか何らかの理由で、再び人の往来が増えることがあるのかもしれない。とはいえ、その可能性は0.0001パーセントにも満たないかもしれない。そのような場所の写真と、この短歌の組み合わせが、何とも絶妙だと感じた。よし、いつか、自分一人で歩いてみよう。

『またあした』の感想文をつらつらと綴ってきたが、私の解釈は、作者の意図とは大きく異なっているかもしれない。だとしたら、ハニワファクトリィさんに謝りたいが、このような見方もあるということを理解して頂けたら幸いである。
気が付くと、人生について考えながら150首以上の短歌に目を通していた、というのが正直なところ。最後まで一気に読んでしまう、飽きることがない。そのような本だった。もしも、万が一、私の稚拙な文章で、『またあした』に興味を持たれた方がいらしたとしたら、嬉しい限りである。

参考リンク

※カフェモフリーでの展示とHaniwaFactory(ハニワファクトリィ)さんの新刊『日々の言の葉』『またあした』について書かれた、HaniwaFactoryさんによるnoteを再度貼っておきます。

『またあした』は、3月末まで練馬駅から徒歩7分のchicoowaさんでも購入できます。(箱番号G45)

宇津井俊平による、ハニワファクトリィさんとそらさんの『日々と言の葉』の感想文はこちら