サイハテ

抜けるほど晴天の今日は、悲しいくらいにお別れ日和で

はいどうもこんにちは。

今回は僕が大好きな永遠の神曲、小林オニキスさんの『サイハテ』の解釈をお話したいと思います。

【初音ミク】 サイハテ 【アニメ風PV・オリジナル曲】

「解釈されるまでもなく知っている」と聞こえてきますが、私のエゴとしてご紹介させていただきます。どうかお付き合いよろしくおねがい致します。


まず、この曲は一言で言うと「死別の歌」ですね。とても悲しい歌詞なのに明るい音、表面は明るい音だけれどもその音の奥に悲しい雰囲気を感じる所と、歌詞でマイナスな表現を使わず建前は前向きながらもその奥では確かに悲しんでいる事が伝わる歌詞が、この曲の主人公の心情と情景を見事に描写している素晴らしい楽曲であると私は思います。

ミクさんが喪服を着て花を持っているイラストがジーンときます。

それでは歌詞を見ていきましょう。

むこうはどんな所なんだろうね?無事に着いたら便りでも欲しいよ

向こう、は天国のことですね。

状況としては焼却炉(っていうんですか?)の前で最後の見送りの時ですね。「むこうはどんな所なんだろうね?」と生前の頃と同じように優しくいつもと同じ口調で他愛もなく語りかけている様子。「無事に着いたら便りでも欲しい」という言葉からは「死ではなく旅立ちである」というような気持ちが伝わってきます。

扉を開いて 彼方へと向かうあなたへ この歌声と祈りが届けばいいなぁ

「扉を開いて」は、亡くなってしまった彼女が自分で天国の旅への扉を開いて旅立つ、というのと、棺を入れる焼却炉の扉が開いたという二つの意味がかかっていると思います。

「この歌声と祈りが届けばいいなぁ」という言葉は、先ほどまでの生きている相手に語りかけるような言葉とは対称的に、主人公が現実に戻って彼女の死を認識している、というリアリティな情景を感じさせます。

雲ひとつないような 抜けるほど晴天の今日は、悲しいくらいに お別れ日和で

「雲一つないような抜けるほど晴天」は普通なら心が澄み渡っているような、プラスの心持ちの時に使う表現であるが、敢えて今回この表現を使うことで、悲しくなんかないと、死を受け入れているんだと、悔いなんて無いんだと、そう強がっている主人公の心情が伝わってきます。

しかしそれでも「悲しいくらいにお別れ日和で」と、やはり悲しさというものは強がった後に込み上げて来てしまいます。

雲がないからまっすぐ天国にいけるね、という表現と主人公の心情がかかっていて素晴らしいと解釈しています。

ありふれた人生を 紅く色付ける様な
たおやかな恋でした たおやかな恋でした
さよなら

何も言うことはありませんね、素直に号泣です。

僕の言葉で解説しても濁すだけなほど素晴らしい歌詞です。

またいつの日にか出会えると信じられたら、これからの日々も変わらずやり過ごせるね

君と絶対いつか会える、君と会うことを目的に生きていけば何も辛いことはない。主人公が現実を考え、生きる糧を探して見つけた(決めた)という描写ですね。例え死んでしまったとしても胸の中では生き続けるから大丈夫だと自分を宥めています。当然の感情と思います。

扉が閉まればこのまま離ればなれだ。あなたの煙は雲となり雨になるよ

先ほどまでの主人公の心情の描写の間に開いた焼却炉の扉の中に棺が完全に入ったのでしょう。そして後は扉が閉まるだけの状態です。扉が閉まれば火葬が始まりもう二度と肌には触れる事が出来なくなります。そんな瞬間です。

「あなたの煙」は火葬によって燃えて煙の姿になることですね。煙突から出たあなたの煙は後に「抜けるほど晴天」な空に浮かぶ一つの雲となり雨となる。これには主人公の心情も含まれていると考えることは出来ますが、どちらかというと、あなたがいなくなってからも晴れや曇りや雨など世界はいつものように周り続ける、そしてあなたはまた大地に帰って行くと自然の摂理について主人公が考えている描写であるように感じました。

ありふれた人生を紅く色付ける様な
たおやかな恋でした たおやかな恋でした
さよなら

1番のサビと全く同じ歌詞ですが、歌詞の重み、意味合い、これを言う主人公の気持ちは大きく異なります。

先ほどはまだ焼却炉に棺が入れ込まれる最中でした。そのため最初の「さよなら」はこれから火葬が始まり本当のお別れになる、という自分自身への現実の受け止め、心構え、決断。過去の思い出を振り返り半分自分自身に言い聞かせていた言葉でした。

しかし、今回はこの言葉を発している最中、いままさに焼却炉の扉が閉まっていく瞬間なのです。閉まっていく扉を見ながら頭の中では高速に色々な思い出が蘇っています。そして、バタン。その扉が閉まった瞬間に「さよなら」と。その言葉は全て直接彼女に向けて放った純粋なお別れの言葉なのです。今までの全てのセリフは頭の中で静かに語りかけていたかもしれませんが、この最後の「さよなら」だけは確実に音として発声した言葉だと私は思います。焼却炉を前に色々な気持ちが渦巻いたり色んな事に例えてみたり自分のこれからを考えてみたり過去の思い出を振り返ったりしたけれど、最後の最後、肉体のある彼女の最後の瞬間に、それらの色々な感情が「さよなら」という純粋な言葉として口から溢れたのだと感じます。


以上で私の自己解釈は終わりです。

メロディ、音作り、歌詞、全て最高ランクに素晴らしい楽曲です。

ここまで読んでいただきありがとうございました。


それではまた。


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