天邪鬼3

あまのじゃくの飼い方

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 夏休みも半分をすぎたある日、タカキは家の庭で一匹の天邪鬼をみつけた。
 自由研究をなににしようか迷って、植物の観察日記でもつけようかと、庭を見回していたところだった。
「あんらめずらしい。あまのじゃくじゃないけ。このあたりにもまだいたんだなあ」
 縁側でお茶を飲んでいたばあちゃんが、湯のみから湯気ただよわせながらそう言った。
 あまのじゃくって言うのか。タカキはかがみこみ、そのちいさな鬼をよく見てみた。これは自由研究にいいかもしれない。みんながあつかわないような題材を選びましょうって、富子先生も言っていた。
 天邪鬼は池の水辺にのびてひくひくとしている。どうやら衰弱しているもよう。なにか食べ物が必要だ。タカキは冷蔵庫をのぞきこみ、なにかないかと物色した。とりあえず朝ご飯の残りの玉子焼きと、シャケの切り身を失敬だ。
「それ、あまのじゃく。エサだぞ」
 タカキは玉子焼きとシャケの切り身を差し出すのだけれど、天邪鬼はぷいと無視した。
 これは食べないのかなと思って、またキッチンを物色する。食パンを一枚と、バナナを失敬。天邪鬼にやるのだけれど、天邪鬼はこれまた無視。一体なにを食べるんだろう? ドッグフードに手をかけると、ペロがわうっとほえて抗議した。ごめんと謝りながらまた失敬。天邪鬼は完全無視。
「タカキ! 食べ物で遊んじゃいけないっていつも言ってるでしょ!」
 お母さんの雷が落ちた。
「……怒られちゃったじゃないか」
 玉子焼きと、シャケの切り身と、食パンとバナナとドッグフードとポテトチップスとバニラアイスとお徳用カニ缶に囲まれて、タカキはがっくり肩を落とすのだけれど、天邪鬼は知らん顔。
「食べたくないなら、べつにいいよ」
 タカキが片付けようと手を伸ばすと、さっとその手から玉子焼きをさらう天邪鬼。シャケの切り身も食パンも、バナナもドッグフードもポテトチップスアイスカニ。一切合切手を伸ばし、もぐもぐ一気にたいらげてしまうと、また知らんぷりして眠りだした。
 タカキは二階の自分の部屋からノートをとってくると、表紙に『あまのじゃくの飼い方』とタイトルをつけた。
 それから『エサのやり方』と章を作って、ちょっと考えてから書きこんだ。
『エサをやろうとしないこと』

「タカキ、ペロの散歩に行ってきて」
 お母さんに言われ、タカキはペロを連れて外へ出た。
「あまのじゃくも元気になったなら、散歩へ行こうよ」
 タカキはそう言って誘うのだけれど、天邪鬼はひたすらだるそうに、後ろ手に手を振ってみせるだけ。
「しかたない。ぼくたちだけで行こう」
 とペロに言って、タカキはくるりと背中を向ける。すると後ろからだだだと一直線に、駆けてくる足音は天邪鬼のもの。
 足下にペロと天邪鬼を従え、タカキはその場でノートを開くと、『散歩のしかた』と章を作って、考え考え書きこんだ。
『散歩をしようとしないこと』

 夏の日差しは気持ちがいい。タカキたちは公園まで来ると、フリスビー遊びをした。
 ペロがキャッチしようとするのを、横から天邪鬼が取ってしまうので、ペロは不満げ。天邪鬼は取ったフリスビーをなかなか返してくれない。『フリスビーの返してもらい方』の章は、『フリスビーを返してもらおうとしないこと』になった。
「おいあまのじゃく。順番を守ってよ。ペロは友達なんだから」
 不満げなペロをなだめると、タカキは天邪鬼に向けて笑いかけた。
「仲良くやろうよ」
 そう言ってタカキが手を差し出すと、天邪鬼は脱兎で逃走。あっという間にちいさな点に。
「じゃあいいよ。仲良くしないでいい」
 天邪鬼はダッシュで戻ってくると、伸ばしたタカキの手をとって握手。
 タカキはノートを開くと、ペンを走らせた。
『仲良くなり方』と章を作って、ぴしりと一行、書きこんだ。
『仲良くなろうとしないこと』

 そんなこんなで、夏休み明けの学校で、タカキは『あまのじゃくの飼い方』を自由研究の成果として提出した。なかなか面白い題材をみつけましたね、と富子先生はタカキを褒めた。
「先生も、来年、定年退職したら、故郷へ天邪鬼でも探しに行こうかしら」
 富子先生は言った。
「でも、もうちょっとクラスのみんながまとまってくれないと、心配で定年もできないわね」
 富子先生は吐息をついた。

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