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♪思えば遠くへきたもんだ

 私は千葉県生まれですが、子どもの頃に飲んだ味噌汁の味が思い出せませんでした。なぜなのか、やっとその理由が分かりました。

 千葉県北部の東西を結ぶ幹線道路が国道126号線です。私は故郷を離れて30年以上になりますが、国道126号線のJR総武本線干潟駅近くに黄色い看板の「焼肉 一力」ずっと気になっていました。

 先月私用で付近を訪れたので、思い切って「焼肉 一力」の暖簾をくぐりました。焼肉と言っても豚ホルモンが人気です。近くに「旭食肉協同組合直売所」があるので、新鮮な豚ホルモンが入手できるのかもしれません。

 看板商品は「レバ塩」です。メニューには、①目利きによる品物選び、②旨味はドリップで決まる、と説明書きがあります。レバーには良し悪しがあるそうです。それをオーナーが目利きして、新鮮なものを仕入れているのだと思います。そして、ドリップを最小限に抑える調理技術があるというのです。

 早速、「レバ塩」「ハツ」「まる腸」「上カルビ」注文しました。一番最初に「レバ塩」を焼いて食べたのですが、豚レバーへの固定概念が変わりました。くさみが全くなく、口の中に放り込むと旨味がブワッと拡がったのです。この店、「本物」だと確信しました。

レバ塩

 おなかがいっぱいになったので、スープを注文しようとしたところ、焼肉店の定番メニューである「わかめスープ」や「卵スープ」がありません。店員を呼んで訪ねると、「わかめスープ?そんなの頼む人いないですよ。みんな『味噌汁235円』を頼みます。お客さん東京の方ですか?」と地元民でないことを見破られました。昔の地元民なのですか・・・。若い女性店員にとってオジサンが地元民なんてどうでもいいことです。

 「味噌汁」が出てきました。湯気が立ち、どこか懐かしい香りがします。一口すすってみると、一瞬に50年前にタイムスリップしたようです。脳ミソがパキパキと覚醒しています。

 「あっ!幼いころ、おふくろの実家で食べた味噌汁の味だ!」思い出せなかった味噌汁の味はこの味だったのです。 それは、たっぷりの「いりこ:カタクチイワシを煮て干したもの」でだしを取った味噌汁でした。具はありません。

 私が生まれた九十九里は沿岸漁業が盛んで、私の子供の頃は地引網ができました。イワシがたくさんとれたと思います。乾物屋には、カタクチイワシの煮干しが大量に並び、各家庭では、33cmのアルマイト鍋にドバっといりこを一袋丸ごと投入、白みそを溶いだものを飲んでいたのです。

 当時、銚子港で水揚げされるマイワシは、1トンで50円の最安値をつけたこともあります。ところが、高度成長期が終わるころから、イワシは獲れなくなり、今では“高級魚”です。だしと言えば、鰹の粉末に化学調味料(MSG:グルタミン酸ナトリウム)を添加したものが主流になっています。「いりこ」は高級品となり、店頭に並ぶことは亡くなったのです。

 近くのスーパーマーケットを覗いてみたら、だしコーナーは、いりこ!いりこ!いりこ!でした。かつおだし、昆布だしは片隅に追いやられ、最近流行のあごだしは存在感すらありません。そうだったのか「いりこ」。よくよく計算してみると、マイワシの相場は私の子供のころと比べて400倍以上になっていたのです。でもこの地方では必需品なのでしょう。

 私は思わず大量に買い込んだのです。あれから半年。未だかつて「いりこ」の味噌汁が食卓に出たことはありません。女房殿は東京出身、「いりこ」とは縁もゆかりもないようです。

 久しぶりに味噌汁でも作るか。


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