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モチベーション経営

 チェーンストアのマネジメントは、野球に例えれば、選手が一球ごとにベンチのサインを覗き込む高校野球です。選手はいつも監督の意向を忖度し、バットを振りたい気持ちを押し殺してバントします。一方で、ロピアのマネジメントは選手を一人前の大人として扱います。野球に例えればメジャーリーグです。上司や世間の目を気にせず、臆面もなくバットを振るのです。でも、全力で振り続けていれば、そのうちホームランが出ます。

 経営とは不思議なもので、会社が決めたことでも実行するのは社員です。社員に実行するモチベーションがなければ成果は出ません。一方で社員が自らやることを決め実行して成果が出れば報酬を与えられます。やるかやらないかは社員が決める。そして、成果が出れば社員に還元される。会社は社員が軸から外れない限り口出しをしない。これが「モチベーション経営」です。これを発明したのは、リクルートの創業メンバーで後に「個をあるがままに生かす 心理学的経営」を著した大沢武志氏です。

 日本的経営とは、極論すれば「終身雇用」と「年功序列」によって従業員を縛り付けます。会社は、従業員を「手」とみなし、様々な可能性と感情を持つ「人」としては認めないのです。私も子供の頃は、「会社辞めたら生活できなくなるよ。山谷の日雇い労働者か、ホームレスになるよ」と周りから言い聞かされました。会社を辞めることはアイデンティティをなくすこと。会社に残るためには、自分を殺してひたすら「手」になることが要求されたのです。あれから50年。今は転職が当たり前ですし、転職を繰り返しスキルアップする人もいれば、安易に転職を繰り返し、挙句には日々の生活に困窮する人もいます。

 ロピアでは、新店のチーフは上司が部下から推薦するそうです。推薦された社員は自分が認められたと承認欲求を満たしヤル気を出します。例えば惣菜部門のチーフになると商品開発を丸ごと任せられます。自分が開発した商品が上司の許可を得て発売され、ヒットすれば、ますますモチベーションが高まります。ロピアは精肉部門がダントツで構成比が高いのですが、12月に鮮魚部門の売上高が精肉部門を抜くと「歴史的快挙!あなたは凄い!」と垂れ幕をかけます。垂れ幕をかけられると全社的に成果が認められ、その「秘策」が全社員に共有されるのです。

 モチベーション経営に戻ります。かつて起業の天才・江副浩正氏が創業し、大沢武志氏が創業メンバーだったリクルートは、若者が生き生きと仕事している“不思議な新人類会社”と呼ばれました。「心理学」を経営に生かそうと試みていた江副氏と大沢氏は、松下幸之助や本田宗一郎、盛田昭夫といったカリスマのリーダーシップに置き換わるマネジメントを見出します。それが「モチベーション」だったのです。

 江副氏は、自分を含めた社員に対して「こうしろ」とは言いません。社員が常々不満に持っている事象や自分が「やってみたい」とか「変えなければいけない」と思っている事柄について「君はどうしたいの?」と問いかけるのです。江副氏には、「こうしたい」と言う意見があります。しかし、自分が言えば、命令と服従の関係になってしまいます。だから「君はどうしたいの?」と聞くのです。はじめのうち社員はトンチンカンなことを言っていますが、江副氏が「それで?」「でも、こういうやり方もあるよね?」と誘導していきます。すると社員は、江副氏が用意していた正解やそれよりも優れたアイデアに辿り着くのです。

 そして江副氏は満面の笑みを浮かべ、こう叫ぶのです。「先生!おっしゃる通り。さすが経営者ですねえ!!」。社長に「先生!」と呼ばれた社員は一瞬ぎょっとしますが、悪い気はしません。そして江副氏は畳みかけます。「じゃあそれ、君がやってよ」「えっ、私がですか?」「そう君が。だって君の言う通りなんだから」。社長の前で意見を開陳してしまった社員は、もう引っ込みがつきません。こうして江副氏は不平不満ばかりの「評論家」だった社員を「当事者」に代えてしまうのです。

 江副氏が目指したのは「個の経営」です。「個の経営」とは、社員一人ひとりが「当事者」、つまり経営者となり、組織の壁を越え、知恵を出し合って課題を解決するマネジメントです。その思想は、会社思想に落とし込まれます。「PC(プロフィットセンター)制度」です。PCは平成になるとその数は1,600を超えました。リクルートと言う一つの会社に独立採算の小集団が1,600社あるのです。ということは全社員が採算責任者なのです。つまり1,600人の社長がいて、期末に発表される“自社=小集団”の業績に責任を持つことを意味します。これを江副氏は「社員皆経営者主義」と呼びました。

 我々も、「どんな店にしたいか」から始まって「今月何に取り組むか」「何をするか、何を止めるのか」「どうお客を喜ばせようか、驚かせようか」社員が決めるのです。そのためには、「こういう秘策もあるよ」「成長店ではこんな商品が売れているよ」全社員が情報を共有します。上から「アイデアを出せ!」と言ってもトンチンカンな答えしか返ってこないのです。酷い場合だと、既に流行遅れになったトレンドに飛びつきます。

 お客に喜ばれた話、成長店の売場づくり、売れ筋商品と導入事例などを雨アラレの如く言葉と映像で社員に降り注ぐのです。言葉と映像がある一定量に達すると、「こんな売場にすればいいんだ」「この商品、うちの店でも売れそうだ」と社員の直感が動き出します。

 直観が動き出したらアイデアが湧いてきます。しかし、現実とアイデアの間にはギャップが存在します。そこで、現実とアイデアのギャップを埋める手立てを理詰めで考えるのです。「商品部が仕入れられないと言うんですよねぇ」「それでなくても人手不足で余計なことはできませんよ」など乗り越えなければならない壁があります。

 スーパーマーケットを変革しようとしたとき、一番大きな壁は部門の壁です。その問題を解決するには、店長に全権限を委譲し、店舗をPC化するのです。社員一人ひとりが経営者になり、「当事者」として、部門の垣根を破り知恵を出し合うのです。売れると思った商品は、直接メーカーに電話で問い合わせる。惣菜部門の商品開発に他部門が関わり合う。人員は部門間で融通し合う。年間の大イベントである節分には全員が恵方巻を巻き、大晦日には全員で握り寿司を盛付けるのです。

 自分で決めたことを自ら実践すると、社員は明るく元気になります。傍から見れば楽しそうです。

 社員の明るく、元気で、楽しそうな雰囲気はお客に伝染します。そして、新しい売場、新しい商品にお客が反応するのです。自分で仕入れた商品だから商品の良さが伝わるようにPOPを作成し、マイクを持ち、積極的に売場に立って売り込みます。お客は近寄り、手に取って、商品をしげしげと眺めた後、買物カゴに入れます。その瞬間気持ちが昂ります。数日後、そのお客から「こないだの商品、とっても美味しかったわよ」と言われると天にも昇る心地です。社員が「当事者」となる「個の経営」が社員のモチベーションを高めるのです。


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