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第370回「映画ドラえもん のび太の地球交響楽」がとても良かったという感想


「映画ドラえもん のび太の地球交響楽」を観に行って、だいぶ経ってからの感想になるのですが、自分はこの映画が、とても好きだと思いました。

前作の映画をボロクソに批判してしまったので、今回の映画を心配していたのですが、取り越し苦労でした。

ネットの感想を見ると、前作の映画を好きという人には、不評のようだったので、多分今作の内容が、自分の趣向に合っていたのだと思います。

特に安心したのは、今回の舞台となる異星人の文化を、前作のユートピア(パラダピア)の様に、全否定していない事です。

映画の中で、倒す相手はいるにはいるのですが、あくまでもクリーチャー的な存在なので、これなら心置きなく、倒してもいいと思えるのです。

「色々と偉そうな事を言っていたが、相手がクリーチャーなら倒してもいいとは、随分と自分勝手な価値観だな」と言われてしまうかも知れませんが、全くその通りで、自分の価値観は、自分勝手なのです。

でも自分はそれで、いいのではないかと思っています。
「自分が正義で、相手が悪だから倒す」のではなく「その存在が、自分達にとって害があるから倒す」で、いいのではないかと思うのです。

「自分は正しくて、相手は悪だから、相手は存在していてはいけないのだ」という考えは、「自分は正義の元に戦っているので、自分のする事は全てが許される、正しい行いなのだ」という考えにも、なりかねないからです。

あまり実際の戦争を例にはしたくないのですが、それはアメリカが「原爆を日本に投下したのは、悪国を倒す為だから、正義の正しい行いだったのだ」と言うのと、同じだと思うのです。

自分は戦争(戦い)は、何があってもしてはいけないという、平和論者ではありませんが、正義の名の下に、自分の行為を全て正当化するくらいなら、例え世間から悪と呼ばれようとも、自分達の生活を守る為に戦う事の方が、ましなのではないかと思っています。

この映画は、そういう話では全くないのですが、前作の映画を引きずっているからか、そんな事を感じながら、この映画を観ていました。

あまりにも本作と関りのない文章なので、もう少し具体的にこの映画の良かった所をあげると、落ち込んでいる人に対して、音楽で無理にポジティブにする必要はないという話や、不協和音が必ずしもダメな訳ではないといった一見人間のダメそうな所を、否定せずにそのまま受け入れている事でした。

「そのテーマは、前作でも同じ事をやっていたけれど?」と言われてしまいそうですが、確かに前作も同じ様な内容ではあったのですが、そうではない価値観を持って生きる人に対して、それは間違えていると、特定の価値観のみに正しさを限定する感じが、自分の好みに合わなかったのだと思います。

どの様な生き方があっているかは人それぞれであり、人間はこうでなければならないという、絶対的な生き方はないのだと、自分は思っているのです。


本当の所は、この映画を気に入っている理由は、今作のヒロインの異星人がめちゃくちゃ可愛い美幼女だからなのと、主な舞台が、宇宙にある異星人のコロニー?で、近未来感のある暗めの背景に、薄緑のラインが淡く光る衣服(トロン:レガシーの、ボディースーツみたいな奴)が、SF好きの自分のツボにはまっていたからなのですが、そんな訳でこの映画は、とても満足をする事の出来た作品でした。

今作の宇宙を背景に淡く光る感じの舞台が、幻想的でとても良かったです。

何この「アナと雪の女王」の、幼少期のエルサみたいな見た目の少女。
めちゃ可愛いんですけど。
これだけで、この映画の満足度は、100点です。
しかも光り輝く、このファンタジー感。
ディズニー映画の「ウィッシュ」にも、この映像を見習って欲しいです。

まあこの子が、この映画を気に入っている、主な理由なのですが。

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