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第368回「岸辺露伴 ルーヴルへ行く」に、不確かな真実の美学を見る


自分はこの作品を、映画館で一度観ていて、今回NHKでテレビ放送をされた事で、二度目の鑑賞をしたのですが、多くの視聴者に意味がよくわからないと評価をされているのを片隅に、自分はこの映画の内容をよく理解している理解の上級者なのだと、今まで心の中で思っていました。

しかし今回改めて見直した事で、自分もまた、この作品の本質を、きちんと理解していなかったのだという事に、気づかされました。

この映画は、観客にわざと誤認をさせるような、意図的なミスリードが多数存在しているのですが、その為か第一印象では、今一すっきりとしないもやもやした感じになります。

自分はそれがミスリードである事に気付いて、自分はそれらに惑わされる事なく、きちんと内容を理解しているのだと思っていたのですが、自分が理解をしたと思っていた物事も、実は自分がそう思っているだけで、本当の所は何もわかっていない(というよりもその解釈に何の確証もない)事に、気が付いたのです。

例えば、黒い絵の作者である山村 仁左右衛門(やまむら にざえもん)は、岸辺露伴と同じ、高橋一生が演じているので、素直に見れば、仁左右衛門は岸辺露伴の先祖なのだと感じられるように作られています。

しかし自分はこれは、制作者が意図的に仕込んだミスリードだと思っていてそれは、仁左右衛門の妻の奈々瀬が名家の娘で、仁左右衛門は、罪人として処刑をされている事から、もし父親の仁左右衛門の処刑後に奈々瀬が妊娠をしていたとしても、まず生み育てられる事はないだろうと思うからです。

岸辺露伴の苗字が、奈々瀬の苗字と同じ事から、露伴は奈々瀬の血縁関係にある誰かの祖先なのだろうと考えていたのですが、しかし改めて見てみると露伴が仁左右衛門と奈々瀬の間に生まれた子供の子孫である事も、そうではない事も、確証は特にないのです。


そして今回自分は、この映画には、そう思われる(思わせられる)物事に、実は何一つとして、確証できる物がない事に気が付かされました。

例えば奈々瀬は、仁左右衛門が黒い絵を描いた事に後悔をしていて、それが絵の怨念になったのだと考えているようなのですが、実の所、奈々瀬がそう思っているだけで、それを確証できる描写は、特にありません。

黒い絵は、自分や先祖の罪や後悔が、襲って来るのだと説明されてますが、唯一黒い絵の呪いを受けていない泉京香は、水難自己で死んでしまった自分の子供の念に取り殺されそうになる女性に対して、あなたの子供は、あなたの事を恨んではいないと思うと、慰めの言葉をかけています。

恐らく黒い絵は、死んだ人間の怨念が具現化するのではなく、絵の前にいる人間とその先祖の後悔の念が具現化をする、思念の写し鏡なのです。

黒い絵の前で、錯乱した仁左右衛門の念が現れたのは、仁左右衛門が露伴の祖先の証拠である様にも感じられますが、露伴と血族関係のある、奈々瀬の後悔の念が、具現化しているのだともとらえられます。


岸辺露伴は、奈々瀬と仁左右衛門の二人の子供の子孫なのかも知れませんしそうではないのかも知れません。

仁左右衛門は、奈々瀬が言う様に、黒い絵を描く事に憑りつかれてしまった事に後悔していたのかも知れませんし、していなかったのかも知れません。

黒い絵は、過去に恨みを持つ人の怨念が具現化しているのかも知れませんしそうではなく、加害者の後悔が具現化しているだけなのかも知れません。

各々がそうだと思っている事を、自分の立場や解釈で説明しているだけで、この映画は、本人がどう思っているのかや、真実はどうなのかという事に、恐らくは意図的に、明確な描写がされていないのです。

何が真実なのかは、本当の所は、誰にも分らない。

それがこの映画の真のメッセージでもあり、そう思ってこの映画を見返してみた時に「この世で最も黒く、邪悪な絵」と言われた呪いの絵画が、それが正しい事かどうかは別にして、少なくとも仁左右衛門という、一人の絵師にとっては、妻の奈々瀬に対する「最も深い、愛情の絵」であったのかも知れないという感情が、自分の心の中に、ふと浮かびあがって来るのです。

社会的な掟や、相手がどの様に感じるかという面での善悪は確かにあるのかも知れませんが、端から見て狂っている様にしか見えないから、その思いは間違えているとは言い切れない物事が、人の心にはあるのかも知れません。


※自分は、このエピソードの原作を未読であり、自分の解釈が正しいのかはわかりませんが、自分はその様に感じられたという個人的な解釈である事を明記しておきます。

「真実はいつもひとつ」なのだとしても、常に人がその真実に辿り着くとは限りません。

真実が誰にも解明されなかったとしても、そこには他の人間には知り得ない人の思いや愛情が、含まれているのかも知れません。

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