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日本を原ねて 心の健康 ストレス解消【明恵上人】

29  明恵(1173~1232)
諸流生花指南 琴松文雄・松幸斉理参 明治41年 博文館
松月堂古流と申すは栂尾の明恵上人を流祖といたし。……  20ページ

正花挿法の極意 小林鷺州 大正9年 花同会
 元興寺に護命僧正(749~834)と云う坊さんがあった。…花の形に規矩をつけられたのが、地水火風の四體(たい)であって、即ち『主、令、補、佐』と云うのがそれである。
栂尾山に明恵上人と云う僧があった。護命僧正が主、令、補、佐とつけられたのを慕ひ、そしてこの四體を地水火風空の五體に増補して名を『正花、令、通用、體、留』と改められた。     9・10ページ
                                               
南都西大寺に釋叡尊(1201~1290)と云う僧があって、号を松月堂と云った。この僧が明恵上人の定められた流れを汲み、又遠く前記の護命僧正の跡を追慕して日夜花をもてあそび、自己の流儀を松月堂古流と称した。        
                        11ページ

 川端康成全集 28巻 川端康成著 新潮社
曇を出でて
我にともなふ
冬の月
風や身にしむ 
雪や冷たき
明恵のこの歌には、歌物語と言へるほどの、長く詳しい詩書きがあって、歌のこころを明らかにしています。…
山の端に傾ぶくを見おきて峰の禅堂にいたる時

山の端に
われも入りなむ
月も入れ
夜な夜なごとに
また友とせむ

明恵は禅堂に夜通しこもっていたか、あるひは夜明け前にまた禅堂に入つたかして、…

隈もなく
澄める心の
輝けば
我が光りとや
月思うらむ         345・346ページ

…いわゆる「月を友とする」よりも月に親しく、月を見る我が月になり、我に見られる月我になり、自然に没入、自然と合一しています。             
                        347ページ
                              
明恵夢に生きる 河合隼雄 京都松柏社
 山本七平(1921~1991)によれば、北条泰時(1183~1242)が制定した「貞永式目」(じょうえいしきもく)は、画期的などというより一種の「革命」とも言うべきものあるが、その思想的支柱として明恵が存在したというのである。…                      79ページ
 明恵の主張する「あるべきやうわ」(あるべきようわ)が存在していると、山本は推論するのである。…山本七平は、泰時の「貞永式目」が発布されてから明治時代に至るまで、六百年以上の長きにわたって日本人に受け入れられてきた事実を重要視している。
 「貞永式目」のように「長く庶民にまで読まれた法律書・日常生活規範の書は他になく、これを手習いの教本として子供のときから読みかつ筆写したことは、日本人の秩序意識に大きな影響を与えていると見なければならない」…その基礎となった明恵の思想と生涯を記した『明恵上人伝記』が、ひろく長い間日本人に読まれ続けてきた。80・81ページ

いっぷく拝見 禅のことば 茶のこころ 千坂秀學 淡交社
 「山是山花是紅」 この茶の湯のあるべき姿というものが、本当に自分のものとなれば、「山はこれ山、花はこれ紅」として、ありのままの美しい姿としてうけとめることができるでしょう。自分が、水に対して、山に対して、花に対して相対的に見るのではなく、自分が水となり、花となり、紅と、なり切ってしまうと、それは一味平等ということになります。…                                
                          170ページ

栂尾の明恵上人の遺訓として知られる「阿留辺幾夜受和(あるべきようわ)」という教えがあります。茶人ならば茶人として、あたりまえのことを、あたりまえにやる。あるべきようにやっていく。これを措(お)いて別に「道」があるわけではない、というおしえではないでしょうか。
見るがままに、聞くがままに、あるがままに—山は是山、花は是紅という語句から、私たちはあるべき姿をじっくり考えてみる必要があると思います。  
                    171・172ページ

明恵の夢と高山寺 中之島香雪美術館 明恵と高山寺経蔵 石塚晴通(はるみち)図録
 明恵上人像(国宝 明恵上人樹上坐禅像)は、山内の樹上で自然と一体となって坐禅する明恵を描いた日本美術史上の傑作であり、… 8ページ         

明恵上人 白洲正子著 新潮社
 実は、知人に、明恵上人に興味を抱いた動機を聞かれ、巧く答えられなかったので、思い出してみたのですが、依然として巧くいえないのは同じことです。ただその時受けた印象をいうなら、此方側から絵を鑑賞するのでなしに、いつの間にか絵の中に吸い込まれて行く感じで、自分が松林の中に入っていた。…          18ページ
 『凡そ仏道修行には何の具足もいらぬなり。松風に眠りをさまし、朗月(ろうげつ)を友として究め来り究め去るより外の事なし』(遺訓)
 まるで画像からぬけ出たような詞(ことば)ですが、一切を放下して自然の中に没入するという…
 自然をほんとうの友とするには、並々ならぬ忍耐と、地獄に墜ちる覚悟が要る。「樹上座禅像」に現れた迫力は、おそらくそこからくる。…      
                        20・21ページ
 単に好きな人、と呼んだ方がふさわしい。仏教の知識があれば、それに越したことはありませんけれども、私のような学問ないものにも、明恵の人間の美しさは充分うかがえる。何ら媒介を必要としない。この直接的・個人的なところに、自力の僧の面目があり、長所か短所知らないが、広くいえば日本の文化の「あるべきやう」も見出されるのではないかとおもいます。                     
                          23ページ
 「樹上座禅像」は、そういう人物との、長い付合が生んだ芸術です。画層の手を借りて、明恵が描いた自画像といえましょう。自然に没入することにより、自然をわがものにする難しさを、この名画は語るようですが、彼の心の広さ、優しさは、すべてそこから出ているようにおもわれます。                 
                            24ページ

明恵上人は自然と合一し、生活感情をあらわしている。


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